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映画と音楽について

今日は、映画と音楽について探究してみたいと思います。

 

 

最近、ミュージカル映画にはまっています。

 

『ラ・ラ・ランド』(2016)は

エマ・ストーンとライアン・ゴズリングを主役に、

映画人の愛するハリウッド、

ロサンゼルスを舞台に

珠玉のラブストーリーを

音楽とカラフルな映像、

ダンスで表現することで、

夢や希望という懐かしい感情が

ダイレクトに心に湧き上がってくる、

そんな映画でした。

 

『アマデウス』(1984)は

同時代に生きた音楽家、モーツァルトとサリエリの映画で、

天才モーツァルトへの嫉妬に狂う

サリエリの視点から描かれています。

 

この映画では、

サリエリが自分で「凡人の代表だ」という

セリフがあるのですが、

天才の才能を目の前にした凡人の苦悩と嫉妬、

信心深いと思われたサリエリが、

天才の才能に嫉妬し、

その才能をこんなに努力し

信仰心の厚い自分ではなく

モーツァルトに与えたことに傷つき、

神を呪ってしまう物語で、

神の愛、天才と凡人の苦悩を描いていて

仏法真理的にも学びになる映画です。

 

この映画を彩っているのが、

天才モーツァルトの名曲の数々で、

この音楽やオペラによって、

モーツァルトという人の

天才性を表現しているのです。

 

映画を音楽によって引き立たせるだけでなく、

音楽自体が人の心に

直接なんらかの感情を呼び起こさせるものですし、

音楽と映像、演技とストーリーが一体となったときに

伝わってくる感動は、

まさに総合芸術と呼べるものかもしれません。

 

『守護霊インタビューナタリー・ポートマンと

キーラ・ナイトレイ霊言』

のなかで、キーラ・ナイトレイ守護霊は

次のように語っています。

 

キーラ・ナイトレイ守護霊 

「ああ……映画に音楽がないと、昔は、

たとえばチャップリンの時代はサイレント映画だったから、

そんなに楽しくないというか、感動がなかったと思うんですね。

 音楽が人の心に与える影響はすごく大きくて、

楽しくなったり悲しくなったり、

不幸な気分になったりするし、

映画という芸術の「表現手段の一つ」なんですよ。

映画の役割のうちの半分を占めると思います。

映画と、俳優たちの演技によって、

一つの偉大な芸術が生まれるんですね。

宇宙の芸術です。

私は読書も好きなんですけど、

映画は、「演技」と「音楽」の力によって、

文学を超えられると思います。」

 

音楽は、映画の役割のうちの半分を占め、

映画は「演技」と「音楽」の力によって

文学を超えられる

と説かれていました。

 

私の愛するミュージカル映画の一つに、

『マイ・フェア・レディ』があります。

 

オードリー・ヘップバーンが演じるイライザが

言語学のヒギンズ教授のもとで猛特訓し、

真のレディになっていく物語ですが、

あのストーリーのなかで、

感情をミュージカルで歌うことで、

心に直接響いてきて、

本当に多くの人々の心に残る

名作になっているのでは

ないかと思います。

 

もちろん、

オードリー・ヘップバーンの、

内面からくる美しさ、

オーラが一番の輝きを

放っていることは

言うまでもありません。

 

オードリーの演技に加えて、

登場人物の感情をのせた歌が、

耳に残って口ずさみたくなるのは

私だけではないでしょう。

 

『青春への扉を開けよ 三木孝浩監督の青春魔術に迫る』

では、次のように説かれています。

 

三木監督守護霊

「やっぱり、音楽は、一つの“武器”というか、

自分としての道を拓くものでは

あったのかなあとは思いますけど、

今は、もう一段、三次元的な世界での展開や、

役者の人間性に光を当てて、

「この人から何を引き出すか」みたいなものも

考えるようにはなっているので。

確かに音楽も、“普遍性のある言語”だからね。

日本語でなくても通じる。

そのリズムとかだけで、

世界の人に通じるようなものもあるからね。

まあ、それを忘れちゃいけないんだとは思うけども。

でも、映像と音楽がマッチしたときの美しさは、

何とも言えないよなあ。

確かにねえ。感動を呼ぶよねえ。うん、うん、うん。

だから、音楽も、できるだけ心に響くようなものと

マッチさせたい感じはあるなあ。」

 

音楽は、”普遍性のある言語”であり、

日本語でなくても世界の人に通じる。

映像と音楽がマッチしたときの美しさは、

感動を呼ぶと説かれています。

 

また、度々取り上げているダンテの霊言では、

次のように説かれています。

 

「視覚に訴える伝道が必要です。

これがなければ、やはり、今後、

大きな広がりが見えない。このように思います。

ですから、視覚性を大事にしていただきたい。

感性に訴えるようにするのです。

また、視覚という、目に見えるものだけでなく、

音として聞こえるものも大事です。

つまり、音楽性ですね。

このように、人間にとって興味がある対象を、

できるだけ大きな範囲でトータルに

捉えていく必要があるであろう。

こう思っています。」

 

視覚に訴えるものとしての映画だけではなく、

音楽性も高めていく必要がある

ということなのです。

 

そうであってこそ、

世界の人々に愛されるような

日本映画が創れるのではないでしょうか。

 

その意味で、今後真理の映画を

数多く制作するのであれば、

水澤さんに続く映画音楽を志す作曲家も、

数多く育てなくてはなりません。

 

 

「演技」と「音楽」、

そして仏法真理を込めた「ストーリー」を

限りなく探究し、

映画という新時代の総合芸術によって

文化の高みを創っていきたいと感じます。

 

 

 

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魂の煌めきについて

今日は、魂の煌めきについて探究してみたいと思います。

 

 

「伝道論」第5章には、次のように説かれています。

 

「美しくなりたいと思うならば、

まず、感謝の習慣を身につけることです。

感謝する人の姿は、この世で一番美しい姿なのです。

とくに神仏に感謝する人の姿は尊いです。

神々しいものがあります。

神々しい光がまわりに満ち満ちています。」

 

感謝する人の姿は、この世で一番美しい姿である、

と書かれています。

 

別の経典では、

祈っている人の姿が一番美しい

と説かれていました。

 

神仏に感謝し、祈りを捧げる姿は、

なにか神々しく、霊的に観れば

天上界から光が降り、

魂が輝いている瞬間なのかもしれません。

 

 

また、「伝道論」第5章では、

美について次のように説かれています。

 

「実際には、花は移ろいゆくものです。

移ろいゆくものであって、

日々に変わってゆきながら、美とは何かを証明しているのです。

一枚の絵に盛られた美よりも、現実の美のほうが優れていると

考えられるのです。

そこに躍動があるから、そこに命が光っているから、

次つぎと移り変わっていく美のほうが優れていると思うのです。

ゆえに、「静止した美」よりも「過程の美」こそ、

より大きな喜びを伴うものであり、

この喜びこそが、美の本質であると考えられるのです。」

 

花の美しさとは、

移ろいゆき日々に変わっていきながら、

そこに生命の躍動があり、煌めきがあり、

輝きがあるから美しい。

 

その意味で、

「静止した美」よりも

「過程の美」のほうが大きな喜びを伴うものであり、

「美の本質」である

と説かれているのです。

 

この章の冒頭には、

人間として生まれて、長い歳月を経て

大人になり、成長していく過程そのものに、

神は非常に大きな値打ちがあると考えておられるのだ、

神が人間を創られたときに、「過程を楽しむ」

ということを考えられたのではないか

と思われると説かれています。

 

神は、完成されて成長しない人間よりも、

未完成で成長しているときの人間の魂の煌めきを美しいと

感じているのではないかとも思うのです。

 

もちろん、一流の絵画のような美もあります。

 

その美でさえ、完成されて静止した美よりも、

あのゴッホのひまわりのような

「過程の美」を描いているのではないでしょうか。

 

 

ゴッホの霊言では次のように説かれています。

 

「客観的に多くの人にわかるような、そういう普遍的な形に

して残すのが、私たち芸術家の仕事であるわけです。

美の瞬間を捉える。美の空間を封じ込める。

ま、こういう仕事だね。

結局は、そういうものです。」

 

「完成された人生だけが素晴らしい人生ではない

ということだね。

ひまわりは、美しければ美しいほど、生命力があればあるほど、

枯れていく姿は無惨でもあります。

その無惨さのなかにも、美はあるわけです。」

 

生命が生きる過程のなかに、美はある。

枯れていく姿のなかにも美はあり、

そこに自然の四季の移り変わりの美のような

生命の輝きの美がある。

その美の瞬間を捉えて

客観的、普遍的に残すのが

芸術家の仕事でもある

ということではないでしょうか。

 

松尾芭蕉の霊言では、次のように説かれています。

 

「芸術の究極は結局のところ、

有限なる世界に生きているものが、

そのなかにおいて、無限なるものを発見するということです。

限りある生命のなかに、悠久の生命を発見するということです。

それが、芸術の本質に他ならないのです。」

 

有限の世界に生きている人間が、

その中において無限なるもの、

限りある生命のなかに悠久の生命を発見する

ということは、

この世という世界のなかで

限りのある生命を与えられて生きる私たちが、

永遠なるもの、

永遠の生命を与えられている魂の煌めきや

天上界の霊的な美を宿す瞬間を発見する

ことが、芸術の本質である

ということなのかもしれません。

 

その意味で、

神へ感謝を込めて祈る姿は、

その方の魂が美しく煌めく瞬間だからこそ、

美しいのかもしれませんね。

 

 

最後に、自作の詩をご紹介します。

 

『煌めきは愛』

 

光に抱かれて

 

私は感じる

 

懐かしいぬくもりを

 

透き通る空気を

 

さあ

 

眼を閉じてごらん

 

見えない世界が

 

輝きを取り戻す

 

光に誘われて

 

私は感じる

 

かぐわしい香りを

 

安らかな音色を

 

さあ

 

息を吸い込んで

 

生命の鼓動が聞こえる

 

神の息吹きが

 

聴こえたなら

 

さあ

 

イメージしてごらん 

 

魂の奥に眠る

 

ダイヤモンドカット

 

心の窓をひらけば

 

無限の煌めきが

 

ほとばしる

 

私は感じる

 

神の愛こそすべて

 

煌めきは愛 

 

 

 

 

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志と現実について

今日は、志と現実について探究してみたいと思います。

 

 

私は若い学生と話す機会がよくありますが、

自分が何に向いているかが分からず、

どんな分野を目指していけばいいのか

進路を迷っている人は多いです。

 

いざ就職という段階になって、

現実の会社と理想のギャップで

やりたい仕事が見つからず、

非常に葛藤していたり、

就活がうまくいかずに落ち込んだり

することもあるかもしれません。

 

就活は自分探しの機会ですから、

社会の現実を知っていくにつれ、

ほんとうに自分が

やりがいを感じる仕事は何か、

ほんとうに自分が

成し遂げたい志とは何か、

自分の心のなかで

確信が持てるもの、

使命と感じるものは何かを

探していくことになります。

 

時には現実が見えていない人に、

「現実をみなさい」と

言わなければいけない時もあります。

 

しかし、それでも、

志は持ち続けていただきたい、

夢を諦めないでほしい、

と思います。

 

「青春に贈る」に次のように説かれています。

 

「およそ青年が心の中で強く信じ、

その実現を期待した事柄は、

やがて歳月を経て現実化するのである。」

 

「『変わる』ということを前提にして、

志を持ち続けることが、非常に大事なことなのです。

『自分というものは、変えていくことができるのだ。

人生というものは、切り開いていくことができるのだ。』

と思って、十年、二十年、三十年と、

志を持ち続けることが大事です。」

 

人間は、自己変革によって確実に変わっていきます。

 

私も20歳で仏法真理に出会い、今はもう40代となりましたが、

20代の頃立てた「文化の高みを創る担い手となる」という志は、

志と全く関係がないIT系企業に就職しても、諦めませんでした。

 

20年志を持ち続けた結果、いろんな紆余曲折を経て

今は芸能・文化革命に関わる仕事に携わることができています。

 

思った形ではないにせよ、

強く心で願い続けた志は、

何らかの形で実現していくのです。

 

特にクリエーターの皆様は、

最初の就職先で自分の願う

仕事ができる人は稀でしょう。

 

自分の表現したいものと、

仕事が違いすぎることもあると思います。

 

そんなときは、ぜひ自分に向いてないと

すぐに決めつけず、

10年スパンぐらいで、自分の志、目標を

立ててみてください。

 

人生には無駄な経験は何もなく、

どんな経験もクリエーターとして作品を創るときの

肥しにもなり、夢をかなえるために必要な能力を

身につけていることもあるとおもいます。

 

そう思えなくても、

人生計画は生まれてくる前に

自分自身で書いてきたことですから、

何か学ぶべきことがあるんだと

思うことも大事だと思います。

 

 

心の指針133「自分を活かす道」では、

次のように説かれています。

 

「自ら自身が、闇夜の燈台となれ。」

 

「今、必要とされているのは、

天に向かって突き抜けていく人間だ。

神の子としての自己証明が、

自分を活かす道でもあるのだ。」

 

自分の値打ちを疑うことなく、

自らの可能性を信じて

未来を切り開いていく人となれ。

 

自ら自身が闇夜の燈台のごとく、

周りを愛の光で照らす人となれ。

 

今、必要なのは、

天に向かって突き抜けていく人間、

すなわち天上界に向かって

魂が飛翔する人間、

光の天使としての使命を果たす人

であるのだと思います。

 

クリエーターとして考えるならば、

天に向かって突き抜ける人間とは、

信仰においてこの世の限界を突破し、

天上界の理想を、イデアを作品として

この地上に降ろし、具現化する人間

でもあるのではないでしょうか。

 

ピカソ霊示集には、

次のように説かれています。

 

「こうした勇気と、努力、行動力によって

新時代の局面が開けていく。

新時代の局面を開くのは常識ではない。(中略)

今の時代において異端視され、

例外視されるなかにこそ、

本当は新時代の局面があるのです。」

 

「そうであるならば、

自分たちの個性を発揮する場を見出したなら、

徹底的にそれを追究していきなさい。

それを切り裂き、切り裂き、

切り進んでいくうちに

一流となっていくでしょう。(中略)

それ以前において、総花的な人生を送ったり、

世に迎合するような生き方をしてはならない。

徹底的にやりなさい。」

 

新時代の局面を開き、

芸能・文化革命を推し進めていくために、

志を持ち続け、徹底的に運命を切り開いていく

クリエーターが数多く出てくることを願っています。

 

 

 

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真理映画の未来について

今日は、真理映画の未来について探究してみたいと思います。

 

 

今年の5月にニュースター・プロダクション(株)製作で

公開した映画『君のまなざし』では、大川宏洋社長が

総合プロデューサー・脚本・俳優の三役をされています。

 

また、同じく今年5月に設立されたARI Production(株)では、

大川愛理沙さんが企画担当アドバイザーとして参画されています。

 

さらに、先日製作が発表された

映画『さらば青春、されど青春。』では、

大川宏洋さん+千限美子さんが主演されるだけでも衝撃でしたが、

大川裕太さんが脚本を担当され、

大川咲也加さんが挿入歌「HIKARI」を歌われているとのことです!

 

残るは真輝さんのみ?

 

大川総裁のご子息・ご息女の関わり方を見ると、

どれだけ今、芸能・文化革命が重要なのかが分かります。

 

考えてみると、

人々の書籍離れが進み、

かついまだに宗教に対する偏見、

マスコミによる黙殺権力が続くなか、

ほんとうに大事なことを伝えるには、

偏見が比較的少ない分野で、

マスコミの黙殺権力が働きにくいフィールドから

アプローチすることが必要です。

 

ダンテの霊言では次のように説かれています。

 

「どういうものが必要かというと、

やはり、「視覚に訴えるもの」がなければいけない。

視覚に訴えるものが必要であろう。

こういうことを感じます。

その意味において、やがては、映画、

あるいはテレビ番組の製作を考えなくてはなりません。」

 

初期の霊言でダンテが説いていた

「視覚に訴えるもの」が、

今まさにトレンドになっていく時代が来たと感じます。

 

現在、映画業界においても、

日本映画やハリウッド映画、世界中の映画が

より刺激を求め、暴力や闘争、社会の闇を

描いたもののほうが評価を得るような風潮もあります。

 

しかし、真理の視点から観たら、

天国的な光を感じる映画と地獄の波動を感じる映画は

感じ取れるはずです。

 

シェイクスピアのように人生の悲劇や、

心の闇を描くとしても、人生の真実や真理が描かれているか、

暴力や闘争や社会の闇を浮き彫りにしてこの世は闇とみるか、

何を描くかの違いは大きいと思います。

 

 

その意味で、映画、テレビ、ゲーム業界等は

まさに玉石混交の世界であり、

世界中の人々に与える影響力が大きいために、

真理価値という観点から見た時に、

「光や真理を伝える映画作品、映像」を製作する仕事は、

今後もっと大事になってくるのではないでしょうか。

 

そのためには、

もっと映像製作に関わる人材を供給していく必要があり、

タレント、監督、クリエーターなどを育てることが

大事になってくるはずです。

 

 

また、『景山民夫が見たアナザーワールド』では、

次のように説かれています。

 

「メディア文化事業みたいなものが、やっぱり、

もっともっと大きーくなってきてるような

感じがしますねえ。

ある意味でのニューメディアになってるような

感じがしてしかたがない。

(中略)

 今、テレビ局や、新聞や、ラジオや、

インターネットなど、

いろいろなものがあるとは思うんですけども、

一つのニューメディアみたいなものの基盤になる

ような感じがしてしかたがないんですよ。

 そういう意味での、発明家のような方や、

新しい起業アイデアを持ったような方が、

今の若い世代のなかから

出てくるんじゃないでしょうかねえ。」

 

景山民夫さんの霊言では、

ニューメディアが実現している未来を語っていましたが、

現在既得権益を持ち、

黙殺権力を行使するマスコミではなく、

新しい技術から始まるニューメディアなども、

IT起業家や理系の方々と連携して

始まりのときに参入していくことができれば

大きな発信力となる可能性があります。

 

そして、偏見や黙殺権力の及ばない

ニューメディアで、

日本や世界の人々に向けて

「視覚に訴えて光や真理を伝える作品」を

広めていく仕事は、

今後の大きな可能性の一つだと感じます。

 

最近収録された

ドストエフスキーの霊言では、

次のように説かれていました。

 

「幸福の科学の宗教的思想を小説にしたり、

映画、ドラマ、マンガ、アニメ等、

いろいろなものにしていって、

文化的に広めていく努力は要ると思う。

 

今、光は、こちらに来ている。

今、光は日本にある。

この日本の光を、宗教的にも、政治
的にも、文学的にも広めてほしい。」

 

この日本に降りている光を、

宗教的にも、政治的にも、

文学的にも広めるために、

精進を重ねていきたいと思います。

 

 

 

 

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作品を創り続ける秘訣について

今日は、作品を創り続ける秘訣について

探究してみたいと思います。

 

 

 

クリエーターとして作品づくりを志して努力していても、

最初は良くても続けていくうちに、

”タネが尽きた””なにも浮かんでこない”

という状態になることもあると思います。

 

せっかくこの道を志して頑張っているのに、

ああ俺は才能ないのか!などと嘆いてみても、

状況は変わりません。

 

最近発刊された「悪魔からの防衛術」のなかで、

次のように説かれています。

 

「やはり、クリエイティブな仕事のなかでも、

「どうしたら、材料の供給が絶えないようにして、

リソースフル(資源・機知に富んだ状態)になるか」

という工夫を知らない人は、

“早死に”するのは確実だと思います。」

 

クリエーターになっても、タネが尽きると

厳しい道が待っているということです。。

 

 

ではどうしたら、作品作りのタネが尽きずに

クリエーターとして作品を創り続けられるのでしょうか。

 

大川隆法総裁は、『創造の法』のなかで、

正しくインスピレーションを受けるための条件を

3つ挙げられています。

 

【インスピレーションを得るための三条件】

 

ゞ佇戮陛慘浪箸任△襪海

異質な領域に踏み込んで努力をすること

情報遮断

 

詳しくは『創造の法』を読んでみていただきたいのですが、

結局、そうとうな勉強をすることが前提となるということです。

 

ひらめきの前提には、知識、つまり「思考の材料」を

もっていなければなりません。

そうして初めて、ある知識とある知識の間に、

突然”リンク”が貼られて”ひらめく”ということがある

ということなんですね。

(HSUテキスト12『未来創造学入門供P.84 参照)

 

優秀なクリエーターで数多くの作品を創る人は、

やはり相当な勉強やインプットをしています。

 

代表的なのは漫画家の手塚治虫ですが、

700作品以上のマンガを描いた創造力の水面下の努力として、

DVDのない当時、映画を1年に365本観ていた

という話があります。

 

そして気に入った映画は、

「白雪姫」50回、「バンビ」は80回以上繰り返し観て

シーンを頭の中に叩き込むほどの研究熱心であったといいます。

 

そのマンガ家の手塚治虫の霊言、

『手塚治虫の霊言』のなかで、

本人は次のように語っていました。

 

「マンガ家っていうのは、基本的に、

「いつタネが尽きるか」というのとの競争なんだよ。」

 

「関心のないものは勉強もできないし、

語ったり発表したりもできないから。

それは、小説家でも講演家でも一緒だとは思うけどな。(中略)

まあおそらく、(大川隆法は)関心の範囲がすごく広い方なんだろうなあ。」

 

そして、マンガ家でも教養的なものをだいぶ入れ込む人は、

やっぱり長くもっていること、

『好奇心』『関心』、そして『教養』が大事である

と語っていました。

 

そして、

作品のシナリオの工夫としては、

「行きそうで行かないものは、

やっぱり引っ張っていかなきゃいけないんだよ。

これが大事なんだ、続きを見せるためには、

”To be continued"(次回に続く)で行かないとさ。」

 

ということで、

・続きを観てもらうための”To be continued"

・悪を犯した人が変わっていくところに、人は共感を覚える

・やっぱり伏線があって、最後まで隠されているものが

 なかったら、面白くない

 

ということでした。

 

また、参考までに

アウトプットし続ける際のポイントについて、

『知的体力増強法』のなかで、次のように説かれています。

 

「「知的に消化したものをアウトプットしていくことが

大事である」ということです。

企画や仕事、あるいは講話など、どのようなかたちであれ、

何らかの生産物としてアウトプットし、

生産性のあるものに結びつけていく必要があります。」

 

「自分が勉強したことをアウトプットしていく際に

大事なポイントは、「出し惜しみをしない」ということです。

 (中略)

「アウトプットしたら、

自分のいちばんよいものがなくなってしまう」

と思うかもしれませんが、

そういう“真空地帯”をつくらなければ、

新しいものが入ってこないのです。

 したがって、常に、「自分の持っている最高のもの」

を出す努力をしてください。

そうすれば、空っぽになって、

また新しいものが必ず入ってきます。」

 

ここで重要なのは、インプットも大事だけど

アウトプットしていくことも大事で、

まだ自分は準備できていないから、とか、

まだもうちょっと学んでからとか、

完璧主義的に準備ばかりやっていても

前に進まないということです。

 

『青春マネジメント』には次のように説かれています。

 

「要するに、作品など、何らかの生産物につながらなかったら、

その読書には、無駄になる部分がそうとうあるわけです。

 その意味で、さまざまな「拡散した知識」を凝縮したり、

結晶化したりして、何か付加価値になるものを

つくり出していくべきです。

そうしたアウトプットが伴わないインプットというのは、

やはり、ただの時間潰しや暇潰し、

金潰しになってしまうことが多いので、いけないでしょう。」

 

アウトプットを伴わないインプットは

無駄になる部分がそうとうある

という箇所には、もっと作品作りを意識した

インプットをしないといけないな

と改めて感じました。

 

新しいものを吸収するためにも、

今の最高のものを「出し惜しみしない」ことが大事で、

今の自己ベストを尽くしてこそ、

空っぽになってまた新しいものが必ず入ってくる、

ということなのです。

 

作品作りを意識したインプットを続けながら、

出し惜しみをせず今の自分の最高のものを出す努力をして

少しずつでもアウトプットし続けること

が、結果的に作品を創り続けられる秘訣の一つである

と感じました。

 

なかなかまとまりのない文章になってしまいましたが、

今後、クオリティの高い作品を創るクリエーターが

多数出てくることを願っています。

 

 

 

 

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テーマの具体化と美について

今日は、テーマの具体化と美について

探究してみたいと思います。

 

 

 

私たちは、作品のなかに真理を込めようと

すればするほど、陥りがちなことがあるとすれば、

それはある思想を語らせたいがために、

作品を創ることかもしれません。

 

しかし、抽象的な真理を抽象的なまま

登場人物に語らせるのでは、

何か教育テレビ的な作品に仕上がってしまう

ような気がします。

 

芸術作品としては、

思想を伝える作品といっても、

そこに人生の真理や言葉の美しさ、

感動がなければ、レベルの高いものとは

いえないでしょう。

 

 

「座右のゲーテ」齋藤孝著のなかで、

ゲーテの言葉の解説(P.44)で次のように説かれています。

 

 

「シャークスピア劇を観ていると、人生の真理は突くけれども、

体系的な哲学的思考方法を援用して心理を説明するような

ことはない。登場人物の一人ひとりが人生の真理を冗談交じりに

吐いていく。いわば、あちこちから花火が上がるように、

劇が成り立っている。これは、観客にとってみればすごく楽しい。」

 

「ところが、出来の悪い劇や文学作品というのは、

ある思想を説明するために一人の人物を使ってしまう。

登場人物の一人ひとりが生き生き動くのではなく、

ある人物が作者の操り人形としてモノローグをしゃべる。

いわば思想を言いたいがために文学作品をつくるという、

本末転倒が起こるのである。そうした小説につきあうのは

非常に退屈なものだ。」

 

ここで言わんとしていることは、

作者の操り人形としての登場人物の言葉ではなく、

一人一人に命が吹き込まれ生き生きと生きるなかに、

人生の真理を描いていくことが大事であるということです。

 

 

「要するに、ゲーテが言うところの「実際的に考えよ」は、

本質的なものを求めようとするあまり、抽象的になりがちな

傾向を戒めた言葉である。」

 

 

本質的な真理を求めるあまり、抽象的になってしまい、

抽象的な解釈を登場人物に語らせてしまいがちです。

 

しかし、その抽象的真理を深く探究し、

心のなかでつかんだうえで、

それを登場人物の人生の生きざまや心の変化を描く、

その”悟り”に至る階梯を垣間見るほうが多くの人々に伝わり、

また分かりやすいと思います。

 

 

映画の脚本においても、

シェイクスピアのように、

登場人物が人生の真理を冗談交じりに語るような、

生き生きとしたシナリオが書けたら

どんなに魅力的で素晴らしいでしょうか。

 

 

「ピカソ霊示集」シェイクスピアの霊言では、

次のように説かれています。

 

「対話篇というのは意外に普遍的な姿なのです。(中略)

普遍的なるものというのは、やはりひとつには、

わかりやすくなくてはいけない。

わかりやすいというのは、こうした対話篇で話をする

ということ、これは人類の胸の奥底に、心の奥底に残るような、

そうした普遍性があるのです。易しさがあるのです。」

 

やはり、対話篇は普遍的であり分かりやすい。

相手に対して対話のなかで語るなかに、

心の奥底に残るような普遍性がでてくるということ。

 

 

「もうひとつ言えることは、結局、美しさですね、

文学の形式の中における美しさ、対話篇の中にも

言葉の美しさ、こうしたものがあると思いますが、

この芸術性ですね。これがあるからこそ長く残り、

多くの人びとの心を揺り動かすことができるのです。

そうした美しさ、言葉選びの美しさ、言葉の格調の高さ。

人の心を揺さぶるような感動的な言葉、

こうしたものが心にのこっていくわけです。」

 

対話篇という普遍的な形式のなかに、

言葉の美しさ、感動的な言葉がある。

 

その言葉が、人の心に残っていく

ということなのです。

 

 

前掲した「座右のゲーテ」齋藤孝著のなかで、

マンガ家の井上雄彦は、『スラムダンク』成功の秘訣を、

「登場人物すべてに、必ず一つ欠点をつくること」

だと答えていたと述べられています。

 

人間味ある登場人物が、詳細に描けていれば描けるほど、

そのキャラクターが独り歩きしてセリフを語るような、

生き生きとしたシナリオが書けるのかもしれません。

 

そのためには、

やはり人生の意味、運命、個性の煌めきなど、

「人間学」を深く学ぶことが必要だと感じます。

 

そして、この神の創られた世界に生きていながら、

神の視点、神の御心を垣間見る瞬間を

ぜひ描きたいものだと思います。

 

 

最後に、『光よ、通え』(大川隆法著)から

『愛の具体化』を紹介します。

 

『愛の具体化』

 

「愛の具体化という言葉を、

 

あなたがた一人ひとりに投げかけたい。

 

人はともすれば誤解しがちであるが、

 

愛とは決して抽象的なものではない。

 

愛のエキスが抽象的に語られることはあっても、

 

愛そのものが抽象のうちにとどまるということは決してない。

 

愛は具体的だ。

 

愛は常に具体化を要請する。

 

それはちょうど、毛虫がさなぎとなり、

 

やがて蝶となって大空に飛び立ってゆくように、

 

抽象的な理念を通り越して、必ず具体化してゆくものなのだ。

 

汝、愛ある人であるならば、その愛を示せ。

 

愛ある人のまわりには常に優しい雰囲気が漂っている。

 

いや、ただ漂っているのみならず、

 

有形、無形に優しい行為が示されているはずだ。

 

厳しさをとってあらわれる愛は、

 

他を善導し、教化し、魂に覚醒を促すときにのみ許される。

 

しかして常に許しを伴うものなのだ。」

 

 

 

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オーラを出す秘訣について

今日は、オーラを出す秘訣について、

探究してみたいと思います。

 

 

 

さまざまな映画などを観たり、俳優・女優を直接

観る機会があったりすると、

女優・俳優の醸し出す”オーラ”に惹きつけられ、

また圧倒的な存在感に

同じ空間にいながら不思議な感覚に打たれたりします。

 

この”オーラ”とは、一体何なのでしょうか?

 

オーラというものは出したり

引っ込めたりできるものなのでしょうか。

 

若手俳優・女優がある段階から急にオーラが変わったり、

存在感が増してきたりすることもあり、

この不思議な力について探究してみたくなりました。

 

オーラについて、

「時間よ、止まれ。女優・武井咲とその時代」には、

次のように説かれています。

 

「やっぱり「オーラの出し方」だと思うんです。(中略)

オーラが強くて、周りに、画面いっぱいに広がって、

この画面を支えているというか、あるいは、

劇場の巨大スクリーン全体にオーラが行き渡って、

その画面を支えているという感じが強いときは、

視聴率、ないし動員率が高いのでないかと思うんですが、

自分自身がそれだけのオーラが出ていない……、

要するに、例えば役柄に自信がなかったり、

体調が悪かったり、悩み事があったりすれば、

オーラが弱ってくると思うんですね。」
 

武井咲さん守護霊は、”オーラの出し方”で

視聴率が変わる感覚がある

と言われています。

 

「人に夢を与えるというか、希望を与えるというか、

野心を与えるというかね。

そういう望みを与えることが、私のオーラ」

 

「私は、「この地上に天上界の愛や希望を降ろす役割だ」

と、自分では固く信じています。」

 

武井咲さん守護霊は、

人に夢や希望を与えることが私のオーラだと述べられ、

「この地上に天上界の愛や希望を降ろす役割だ」と

固く信じていると言っていました。

 

「これは、神様の仕事の一部なんだ」ということであり、
「神様の代役として、人々に愛や希望を、

あるいは救いを与えるのが、スターやタレントたちの使命」

でもあると述べられました。

 

武井咲さん守護霊のオーラを出す秘訣は、

神様の代役として、人々に愛や希望を、

あるいは救いを与える役割なんだと

固く信じてその実現を願い続けること

なのかもしれません。

 

 

また、

『女優・宮沢りえの守護霊メッセージ

神秘・美・演技の世界を語る』

ではオーラについて次のように説かれています。

 

・日本的なもので見れば、原点は「巫女さん」的なものだろう

 

・やっぱり、美しい「舞」や美しい「音楽」、

 あるいは、美しい「役者的な表現」とかには、

 必ず、神がかったものがある

 

・その意味で、「神がかってこないものは、

 基本的には一流ではない」と思っていい

 

・それが、実は、要するに、「オーラの正体」だと思う、

 多くの観客の心を捉える正体

 

宮沢りえさん守護霊は、

多くの観客の心を捉える

オーラの正体は巫女さん的神がかりである

と述べられています。

 

最後に、

『女神の条件 女優・小川知子の守護霊が語る成功の秘密』

には、次のように説かれています。

 

・「霊的世界の確信を得られた」ということと、

 「バイブレーション(波動)」ですよね。

 「現在進行形で、霊的なバイブレーションを

 生で感じられる」っていうことは大きかった

 

・生のバイブレーションは全然違う。

 それは、ほんとに全身で感じ取るもの

 

この経典のなかで、小川知子さん守護霊は、

大川隆法総裁の説法についてこのように表現されております。

 

「やっぱり、声を聞いて泣く人があり、声を聞く前に、お姿を見て、すぐ泣き始める人がいるでしょう?ああいうのは、舞台俳優、女優、あるいは、演劇をやった者にとっても、最高の芸ですから。「一言も発せずして、人を泣かせる」なんていうのは、できることではありません。それは何かというと、その人から出ている「バイブレーション」「オーラ」であって、こういうもので、人はすぐに泣き始める」

 

小川知子さん守護霊は、

オーラとはその人から出ている「バイブレーション(波動)」

であり、偉大な宗教家であれば、

一言も発せずしてその霊的バイブレーションで

人々が涙するところまでいく

ということをおっしゃっているのだと思います。

 

今回の探究をまとめると、

オーラとは、

・巫女さん的神がかり

・その人から出ている「バイブレーション(波動)」

であり、

オーラを出す秘訣は、

神様の代役として、人々に愛や希望を、

あるいは救いを与える役割なんだと

固く信じてその実現を願い続けること

という側面があるのだと思います。

 

まだまだ探究中ですが、

その人の霊的バイブレーションが

オーラに関係していると感じます。

 

 

武井咲さん守護霊は、経典のなかで

幸福の科学は
「オーラを発散するという意味での

俳優や女優を育てる」という意味では、

むしろ、ほかの一般の事務所なんかよりも、

あるいはプロダクションなんかよりも、

はるかにそういうパワーを与えられるところだと思う」

とおっしゃってくださっていますので、

今後ますます信仰を持ち、

魅力的なオーラを放つ俳優・女優が

続々と出てくることを願っています。

 

 

 

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芸術センスと創造性について

今日は、芸術センスと創造性について

探究してみたいと思います。

 

 

クリエーターとして、作品を創っていくうえで

気になるのが、”いかにセンスを上げるか”

というところかと思います。

 

私も昔、曲を創っていた時などは、

何曲も頑張って作っても、何かが違う、

どうしてもセンスが上がらない、

アマチュアのままだなーと感じたことが

ありました。

 

その”芸術センス”を上げるために

プロの作品を研究し、良い面を吸収していく

努力が必要となりますが、

良い作品に触れることのほかに、

”美的感覚”とも捉えられる視点で、

大川宏洋守護霊メッセージのなかで

次のように説かれています。

 

宏洋社長守護霊

「生け花でも、あそこに花を生けてますけど、

「『何本生けたら、きれいに見えるか』

なんていうことは分からんから、とにかく

差し込んどきゃいい」っていうことで、

花瓶の口の大きさ分だけ入れるわけですよ。

これが人間の性なんです。

やっぱり、「どういう種類の花を何本入れたら、

美しく見えるか」っていうのが力量なんですよね。

(中略)

「組み合わせて、それが美しいかどうか」

っていうことは考えないわけね。

(中略)

もうちょっと芸術のこころがないと寂しいですなあ。

そういう芸術センスのない人は、実務、仕事をやっても、

雑草が生い茂ってても、まったく分からない。

「雑草」と「花」との区別がつかないんですよ。」

 

この経典のなかで私はこの箇所に

非常に感銘を受けたのですが、

生け花を何本どのように組み合わせて入れたら

美しいかを感じる美的感覚が力量なんだ

という”組み合わせの美”の部分は、

生け花の美のみならず

デザインの世界や、

絵画や写真や映画の構図にも通ずるし、

日本的な”わびさび”にも通ずるんじゃないか

と感じました。

 

そしてなによりも、

”仕事も美のモノサシで観ているのだ”

ということに感動しました。

美しい仕事というのは、

雑草のような無駄がなく、

盛り込みすぎず、

花のような個性の

組み合わせが美しい仕事

という観点もある

ということが発見でした。

 

”芸術センス”について、

荘子の人生論には次のように説かれています。

 

荘子 

「やっぱりねえ、賢いかどうかは、

「芸術センス」だよな。基本的にね。

うん。だから、芸術的な喜びを感じられる人は、

賢い人なんじゃないかなあ。

(中略)
「芸術的な賢さ」というのは、やっぱり、何て言うの、

花を見ても感じが違う……。

そういう、「美しいと感じるかどうか」というような、

そういう感覚がある人は幸福感があるわけよ。

分からない人には幸福感はない。

ねえ? それには、いろんな色もあれば、

いろんな感じもあるとは思うけどもね。」

 

ここでいう”芸術センス”というものには、

やはり”先天性”もあるとは思いますが、

仕事の観点から見るとどうでしょうか。

 

大川隆法総裁は、「ファッションセンスの磨き方」

で次のように説かれています。

 

「サービス業の方は特に敏感です。

例えば、美容室や理容室等で働いておられる方々は、

ほとんど口で言わなくても判断してくることが多くあります。

目の動きや表情だけで、バッとすぐ判断して動くのです。

 

 そういうところでは、表情の動きなどから読み取り、

対応を変えてくるわけです。

必要なものがサッと出てきたりして、変えるようにしています。

このあたりは職業上の経験もあるのでしょうが、

もともと素質的に、そうした“芸術センス”を

ある程度持った方もいるのではないかと思います。」

 

大川総裁は、

サービス業のたとえで、

お客様のニーズを目の動きや表情で読み取って

敏感に必要なものを差し出すセンスを、

”芸術センス”と表現しています。

 

これは、

無駄を省き、相手のニーズにあった

必要なものを必要な種類だけ差し出す

というような

仕事としての”芸術センス”でもある

感じました。

 

そしてその根底には、

”相手の立場に立つ”愛の念いがある

と思いますし、その愛の表現が

美しいのだと思います。

 

”組み合わせ”について、

「ウォルト・ディズニー感動を与える魔法の秘密」

では、次のように説かれています。

 

ウォルト・ディズニー守護霊

「今、「水族館」って私は言ったけれども、

やっぱり、水族館と一緒だよ。

「子供を楽しませたい」と思って、

黒語彙だけ集めて水族館をつくったら、楽しいかい?

楽しくない。ねえ?

やっぱり、いろんな種類のものを入れる必要がある。

(中略)

そうした組み合わせの中にも、創造があるわけよね。

(中略)

その「組み合わせ」と「意外性」が、創造を生むからさ。

いやあねえ、やっぱり、常に訓練して、

自分のスキルをアップするように努力することと、

常に「人を喜ばせたい」っていう気持ちを持って、

アイデアを生み続けることが大事なのよ。」

 

根底に、

「人を喜ばせたい」という愛の念いを持ち、

生け花のように、水族館にも

いろんな種類の花、つまり魚を入れて楽しませる。

 

その「組み合わせ」と「意外性」が創造を生み、

また”美”を生むのだと感じます。

 

 

 

 

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浪花節と人気の秘訣について

今日は、浪花節と人気の秘訣について、

探究してみたいと思います。

 

 

 

最近発刊された

『和田アキ子の守護霊メッセージ―聞き手千限美子ー』には、

最近、ARI Production(株)で芸能活動を再開された

千限美子さん(清水富美加さん)の人気の秘訣について、

次のように書かれています。

 

和田アキ子守護霊 

ああ、分かった!若いけども、

あなたの人気の秘訣は、

「浪花節」があるんだ、背景に。

 

「まあ、あなたもタイプとしては、

「長持ちするタイプ」の人ではあるんだけどねえ、

どっちかといえば。

そういう、ツンとした美人で近寄れないような

タイプの感じの芸能人じゃないからねえ。

いろいろ上下しながら“合わせてくる”じゃないですか。

そういう意味では、

完全には遊離し切らないところがあるから。

何て言うの?庶民的なネタのところでも、

けっこう生きていけるじゃないですか。

オタマジャクシ的に、水たまりでけっこう

泳いでくれるところがあるじゃないですか。

そういうところ、みんな分かるから。

まあ、そのへんのところが、

長く生きられる可能性があるところの

一つかなあと思う。」

 

芸能界の大御所、和田アキ子さんの守護霊は、

千限美子さんの人気の秘訣は、

ずばり”浪花節”が背景にあるんだ

といわれています。

 

そして、

・いろいろ上下しながら合わせてくるところ

・庶民的なネタの部分でもけっこう生きていける

・オタマジャクシ的に水たまりでけっこう泳いでくれるところ

 

こういうところが芸能界で長く生きられる可能性の一つなんだ

とコメントされていました。

 

”浪花節”で思い出したのが、

秋元康さんの守護霊霊言で、

そこでもプロデューサー的視点で

「浪花節」について触れられていました。

 

秋元康さんの守護霊は、

人生にはストーリーがいる、と前置きされ、

「ストーリーを書くためには、「最初から

トップスターでした」っていうのでは、

やっぱり面白くない。

昔でいえば、「浪花節」っぽい感じになる。

(中略)

そういう「浪花節」の部分は、日本人共通の

部分として、実は残っているのでね。

だから、その”浪花節”を現代的に翻訳して

つくらなきゃいけないわけよ。

まあ、昔の浪花節ではいけないんだけど、

その要素も少し入っていないと、何ていうのかなあ、

共感っていうのが出ないのでね。

「売れない時期や苦労した時期みたいのがある」

ということが、要するに、成功したときの

嫉妬対策にもなる。これは非常に大事な事なんだ。」

 

人気の秘密として、

”浪花節”の部分が日本人共通の精神として残っていて、

その部分が現代的にストーリーとして垣間見えると、

共感を呼んで人気がでる

ということを言われているのです。

 

そして売れない時期や苦労した時期の経験があると、

その部分が隠し味的に効いて、

成功したときの嫉妬対策となり、

庶民的な共感を呼んで人気が続くのかなと

感じました。

 

秋元康さんの守護霊は、

スターといっても、

「最初からトップスター」という感じではなく、

ただの石炭と思ったら、「まさか!?あの子が」

という意外性のある子がダイヤモンドに変わる

っていうのが付加価値があり、これが人気の秘密でもある

と述べていました。

 

最後に、秋元康さん守護霊が紹介していた、

ダイヤモンドの原石を見出すポイントを載せておきます。

 

【AKBで羽ばたいていく人を見分けるチェックポイント】

 

1.瞳の奥に光が見える、星が見えるような感じがするイメージ

 

2.ダンスにどことなく恥ずかしげな感じが少し残っている感じ

 

3.チームワークでみんなでいいチームをつくるイメージ

 

 

まだまだこれから女優・俳優を目指す若者がたくさんいると

思いますし、ニュースター・プロダクション(株)

ARI Production(株)をはじめHSU未来創造学部など、

ダイヤモンドの原石となる若者を求めていると思いますので、

この子は?と思う子がいたら

ぜひ推薦していただければと思います。

 

 

 

 

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着想と全体観について

今日は、着想と全体観について探究してみたいと思います。

 

天使のモーニングコール「感動を与える芸術の源」

http://tenshi-call.com/2015/4701/

 

クリエーターとして、作品を創っていく際に、

どんな作品を作りたいのか、

そしてまた本当に人々に良き影響を与える作品を

創るには、どうしたらいいのかと考える方も

いらっしゃると思います。

 

まずは、作品を数多く創れ!

といわれると思いますが、

ある程度作品が創れるようになったら、

やはりよりクオリティの高い作品にしていくために、

どのような努力をするべきかを探究していくことが

大事です。

 

作品のコンセプトや、どんな感じの手触り感の

作品を創るのかを考えていくときに大事な点について、

大川宏洋守護霊メッセージには、次のように説かれています。

 

「先に、やはり直観的に「全体」をつかめなければ、

意味がないね。

例えば、モーツァルトが曲の一節を思い浮かべた

ときに、曲の全体構想がパッとつかめて見えている

ようなものかな。

それと同じように、物語であれ、

歌・曲であれ、その他の劇であれ、

やはり「全体」がガッと見えてなきゃいけない。

そのガッと「全体」が見えたものを、

どういうふうにこの世的に翻訳し直すかっていう、

そういう意味での人間的な仕事は、

この世的にはもちろんありますよ。」

 

最初に、直観的に「全体」をつかむこと。

作品の全体観をつかむことが大事。

 

とのことでした。

 

このことについて、

ピカソ霊示集・ベートーベンの霊言

では次のように説かれています。

 

「一つの曲の着想というものは、

何時間にもわたる曲であっても、

ほんの一秒か二秒のことなのです。

二時間、三時間という壮大な曲が、

ほんの一秒か二秒のインスピレーションのなかに

集約されてくるのです。直感なのです。

 たとえば、画家は、ある情景の絵を、

インスピレーションとして直感的に

つかんでしまうことがあります。

それと同じようなものなのです。

曲にすれば、二時間、三時間となるようなものを、

ほんの一瞬のうちに、凝縮されたかたちで、

頭にその感覚を得るのです。

「こういうもの」という感覚があるのです。

 これは種のようなものです。

これを楽譜に落とすと、

大きな木のように育っていくのです。」

 

2時間、3時間の壮大な曲であっても、

ほんの1,2秒のインスピレーションのなかに

集約されて直観的に授かる。

 

ということです。

 

これって実は、

作品のアイデアは天上界に

すでにあり、そのアイデア、着想が、

芸術家・クリエーターのパイプを通して

この世に送り出されている、

ということでもあるといわれています。

 

ここで大事なのは、

そのパイプのクオリティ、出来具合であって、

そのパイプの出来がいまひとつだと、

天上界でほんとうにいい着想の作品が、

そのパイプを通してこの地上に翻訳されて

出てきたときに、駄作になってしまう

ということなのです。

 

やはり、もともとは天上界にあるのです。

 

逆にいえば、パイプ役として優れた人を通すと、

素晴らしい小説や曲、芸術作品となって

この世に送り出されていくのです。

 

そうであるならば、

私たちクリエーターは、

優れたパイプ役としての自分を

磨いていくことが大事ではないでしょうか。

 

 

もう一つ、全体観について

大川宏洋守護霊メッセージには、

次のように説かれています。

 

「全体観が見えた者にとっては、

それが見えずにアリの活動みたいに

砂糖の粒を一つひとつ運んでいる人たちの作業は、

自分が今何をやっているのか分からないままに

延々とやっているように見える。」

 

「鳥瞰というか、高い目から全体を見るような

体験をした人には分かり、しなかった人には

いくら説明しても、間接的に想像することしか

できない。

あえて彫刻家の例を出すんだったら、

「彫る前にすでに出来上がった作品が

見えている人」と、

「少しずつ彫りながら考えている人」

との違いはあるということ。」

 

やはり、全体観、

高いところから鳥瞰するような視点があることは

非常に大事で、作品を創るうえでも、

また監督やプロデューサーとなっていくうえでも

必要な視点だと思います。

 

ただ、

全体観をつかむことは難しく、

像全体を表現できずに

像の足の皮の感触を表現する

ぐらいかもしれません。

 

例えば、作品全体のテーマを

「愛と魂の輝き」と決めたとしても、

それだけでは机上の空論というか

魂の光が宿る作品になるには

なかなか難しいと思います。

 

ではどうしたら

作品のテーマに光が宿るのか。

 

それは、

天上界にあるイデア、作品のイメージを、

どれだけ着想として掴み取れるか、

であるのではないでしょうか。
 

ビジュアルで見える人もいれば、曲調や音色で

聴こえる人もいれば香りなどでつかむ人も

いるかもしれませんが、

五感を研ぎ澄ませて

こんな感じという

手触り感をつかめたら、

作品のテーマやコンセプトに

”命が吹き込まれる”

のではないかと思います。

 

結局、

真理価値の高い作品をつくるためは

優秀なパイプ役としての自分づくりと、

この世的に表現する技術が

大事になってくると感じています。

 

 

 

 

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