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創造の自由と独創性について

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    今日は、創造の自由と独創性について

    探究してみたいと思います。

     

     

    来年は映画「君のまなざし」も公開予定で、

    芸能・クリエーター系の分野で新しい扉が開く年になる

    と感じています。

     

    クリエーターを目指す方々にとって、

    作品づくりの際に常に頭にあるのが

    ”オリジナリティがあるか”と

    いうことではないでしょうか。

     

     

    やはり、真理価値の高い作品を作りたいと願うならば、

    どれだけ独創性が発揮できるが大事であり、

    オリジナリティということは

    世の中にすでにあるものではなく、

    天上界の理想の理念を作品に宿すことができるか、

    ここに”悟り”や”美”など目に見えない価値を

    どれだけ表現できるかにかかっていると思います。

     

     

    では、どのようなものが

    独創性が高く、かつ真理価値の高い作品といえるのか。

     

     

    それについて、『幸福への道標』で次のように説かれています。

     

    「いかに独創的なものであっても、その発想の根底が、

    地獄的なる想念によって満たされているとするならば、

    これは残念ながら、ほんとうの意味での独創性に値しない

    と考えてよいと思うのです。

     

    というのは、独創性は、本来、仏が持っている創造の自由と

    きわめて密接に関連しているからです。

     

    仏が創造の自由によって世を創ったときに、その手本と

    なるものは何もなかったのです。

     

    何もないところから創り上げたということは、

    そこに独創的な考えがあったということです。

     

    この独創的な考えは、単に独創的であるだけでなく、その底に、

    「すべてのものがよくなりますように」という

    念いが潜んでいたのです。」(『幸福への道標』より)

     

     

    つまり、独創性が、

    地獄的なる想念やこの世的な欲望を満たす方向の

    発想から来るものであるならば、

    ほんとうの意味での独創性に値しないということです。

     

     

    真理価値の高い独創性とは、

    仏の子としての”創造の自由”を発揮し、

    「すべてのものがよくなりますように」

    という念いの方向性があるということなのです。

     

     

    また、独創性と善について次のように説かれています。

     

    「この世界の根底にあるのは「善」なのです。

    善なるエネルギーなのです。

     

    仏は創造の基に、「善」という考え方を

    明らかに持っているのです。

     

    したがって、みなさんは、自由の発揮の仕方として、

    「善を選び取る。善に志し、向かう」という性質を

    持たなければなりません。

     

    すなわち、人生における独創性は、

    「われにもよし、人にもよし」という観点から

    追究されねばならないのです。

     

    そうでなければ、ほんとうの意味で独創的であると

    言うことはできないのです。

     

    むしろ、この善なる志向のない“独創”は、独りで走る

    「独走」といった漢字を当てるほうが適切かもしれません。

    独りで走っていった結果、その最後は哀れなものと

    なっていることが多いように思えるのです。」

    (『幸福への道標』より)

     

     

     

    仏の子としての”創造の自由”の発揮の仕方として、

    「善を選び取る。」という性質をもつこと。

     

    人生における独創性は、

    「われにもよし、人にもよし」という観点から

    追究されねばならない

    と説かれています。

     

     

    これは、作品における独創性としても、

    「人々を幸福にする」という観点を目指すこと

    が真理価値の高める基準となるのではないでしょうか。

     

     

    ”善”なる志向のない”独創”は、

    「独走」のように独りよがりとなり、

    人々に認められるものとはなりません。

     

    もしくは、この世的価値観でみたら

    アートや芸術作品として認められていても、

    欲望や劣情をあおり、人々を幸福にしない作品は

    これからの新文明の芸術文化において

    だんだんと評価が低くなっていくことでしょう。

     

     

    最後に、『光ある時を生きよ』から、

    「夢の力」の詩をご紹介します。

     

    「汝が夢をみることができるということは、
     汝に神と同じく創造の自由が

     与えられているということなのだ。
     こうした貴重なる体験が夢であることを知れ。

     

     夢の中で飛翔せよ。
     夢の中で自己を拡大せよ。
     夢の中で大いに生きよ。
     夢の中で自らを限定するなかれ。

     

     人間よ、必ず、心の中に夢を持て。
     夢なき時、汝は死したのである。
     夢なき時、汝は老いたのである。

     

     人間よ、老いこんではならない。
     永遠の若さを保て。
     永遠の若さとは、
     すなわち、夢を抱く力である。夢を想う力である。

     

     夢の中に限界が現われた時に、
     汝の限界もまた画されるのだ。

     

     人びとよ、夢を描く能力がいくら多くとも、
     だれに恥ずることもないということを知れ。

     

     夢を描く能力が、どれだけ大きいかを誇れ。」

    (『光ある時を生きよ』より)

     

     

    芸能・クリエーターを目指す方々が、

    自己の限界を突破し、潜在能力を発揮し、

    心の力で夢を描いて現実化していくことを

    心から願っています。

     

     

     

     

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