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「左翼史観」と「英雄史観」について

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    今日は、「左翼史観」と「英雄史観」について

    探究してみたいと思います。

     

     

    歴史を語るうえで、外せないのが司馬遼太郎だと思います。

     

    大川隆法総裁は、

    経典『司馬遼太郎なら、この国の未来をどう見るか』のなかで、

    司馬さんのことをこのように説かれています。

     

    「司馬遼太郎は、戦後日本の左翼史観にペン一本で英雄史観を

    ひっさげて立ち向かった人だった。それは、幸福の科学の、

    光の天使たちが歴史を創り変えているという考えとも合致している。」(まえがきより)

     

    「司馬さんの功績としては、

    『英雄史観によって、左翼史観と戦う勇気を与えてくれた』

    ということが大きいと思います。(中略)

    私は、『英雄史観が入ることによって、神の世界が近づいた』

    と考えています。」

     

     

    2016年は『革命の年』といわれ、

    アメリカ大統領選でトランプ大統領が誕生し、

    日本人は自分の国は自分で護れというスタンスであることから、

    日本の国は重大な岐路に立たされています。

     

     

    一方で、

    中国共産党率いる中国は、一党独裁の軍事国家であり、

    近隣諸国への侵略意図をもっている唯物論、共産主義国家です。

     

     

    日本の共産党をはじめ、

    暴力革命を肯定する共産主義を信奉する人々、

    沖縄での左翼運動をはじめ、

    戦争反対、環境保護、平和主義を唱えながら

    結果的に中国を利する方向になっている左翼思想の方々も

    数多くいます。

     

     

    では、そうした方々を数多く輩出した

    戦後日本の教育の中心であった「左翼史観」とは何でしょうか。

     

     

    大川隆法総裁は、『左翼史観』について、次のように説かれています。

     

    「『英雄』なるものは存在しない。

    『神仏の代理人』のような高級な人間は存在しない。

     

    みな同じく、ただの労働者であり、ただの人間なのだ。

    たまたま時代環境が変わったために、そういう人たちが英雄に見えただけだ。

     

    戦争の時代になったら、戦に強い人が出てくるのは当たり前ではないか。

    戦争がなければ、そういう人だって、ただの凡人で終わっているはずだ。

    だから、人によるのではなく、環境によるのだ」

     

    という考え方を左翼史観というのです。

     

     

    「特に「左翼史観」を持っている人たちは、

    人間の結果平等を求める傾向があるので、

    歴史上の英雄を否定していく傾向があります。

     

    個人としての成功、つまり、

    「英雄としての資質が開花して、大きな事業を成し遂げた」

    という考え方は、どちらかといえば、

    「英雄史観」であり“スーパーマン志向”

    でもありますし、保守や右翼系の思考に馴染む傾向があります。

     

     左翼のほうは、そういう人間を“すり潰し”て、

    みな、同じに見る傾向があるため、

    「時代の流れや背景によって、たまたま英雄が出てこられるのだ」とか、

    「大勢の力によって、そうなったのだ」とか考えます。」

    (『幸福の心理学』講義より)

     

     

     

    一言でいうと、左翼史観は「凡人史観」であり、

    「自分に引き寄せて物事や人を見る人には、そのように見える」ということです。

     

     

    そうした「偉人や英雄を否定する心」は、

    やはり、「神や仏を否定する心」に完全につながっていくもの

    なのです。

     

     

    それに対して、幸福の科学の「歴史観」について、

    『大川隆法名言集 大川隆法猗展の概念疇門』の中で

    次のように説かれています。

     

     

     「『黄金の法』に代表されるような

    「幸福の科学」の「歴史観」は、こういったものです。
     

     「この“地球”には、マクロの視点での文明計画を司っている方々がいらっしゃる。

    天上界における“高級諸霊”と言われる方々である。

    彼らは、地上の文明がより『幸福』という方向性に向かうように、計画を立てる。

    そして、ある時代のある地に、時には誰かを送り込み、

    時には自ら生まれ、人類の指導者となる。

     

    このようにして、『この世』を『幸福』という方向性に導くために、発展させてきたのだ」
     こうした前提を持つ「幸福の科学」は、“英雄史観”を非常に大切にしています。」

     

     

    一言でいえば、

    至高神による神のマネジメントがあり、

    光の天使、すなわち”英雄”たちが

    人々を導いてきたということなのです。

     

    「歴史上、神仏の意を体した人たちが出てきて、

    さまざまな時代・地域において国づくりをしてきた」

    という考えが、「英雄史観」です。

     

     

    邪悪なるものを想定して戦おうとすることは、

    ファシズムではなく、

    「民主主義の基本的な正義」です。

     

    民衆を護り、平和を護るヒーローは独裁者ではなく、

    英雄です。

     

    「アジアの人々のために命懸けで戦うこと」は、

    侵略ではなく、神の正義を実現するための抑止力です。

     

     

    戦後教育が左翼史観だったために、

    戦争反対、環境保護で平和に暮らしたいと

    考えている方々の多くは、

    本当に善良な方々だと思います。

     

    ただ、その思想が唯物論であり、

    神仏を否定する考え方であり、

    幸福になりたいと願っていても幸福になれない

    考え方であるために、

    どうかもう一度考えてみていただきたいのです。

     

     

    学校で受けた歴史教育は果たして正しかったのか。

    自虐史観的な考え方は、日本国民を幸福にするだろうか。

     

    どちらの考え方が、現在の日本を護り、人々を奮い立たせ、

    この日本をふたたび繁栄に導くことができるか。

     

     

    これを深く考え抜いたときに、

    日本の未来に光が灯るのだと感じます。

     

     

     

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