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『心の透明感』と現代の『常識』について

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    今日は、前回の続きとして未来型人間を探究してみたいと思います。

     

     

     

    経典「ユートピア価値革命」

    第4章「未来型人間とは」のなかで、

    『まだ、みなさんのあり方のなかに現れていないものとして、

    かつてのギリシャ的なるものがあるのです。』

    と説かれています。

     

     

    では、かつてのギリシャ的なるもの、とは何でしょうか?

     

    一点目として、『心の透明感』が挙げられています。

     

     

    限りなく透き通っておりながら、

    深い色合いを持っているような人間の出現。

     

     

    自分の心を見つめてみたときに、どこまでの透明感があるか。

    どこまで透き通っているか。

     

    これを点検しなさいと説かれています。

     

    透明感がないと思う方へ、なにゆえに底が見えないのか、

    それを考える必要があります。

     

     

     

    なぜ『心の透明感』がなくなってしまったのか。

     

    それは、

    『あまりにも余計な価値観を身につけすぎた』ということ、

    すなわち人間が作り出した現在の常識を

    無条件に受け入れて身につけすぎている、

    ということなのです。

     

    なぜ、なにゆえに、それが『常識』となっているのか。

    これを深く考えたことは私も含めてあまりないかもしれません。

     

     

    しかし、主エル・カンターレの説かれる仏法真理、

    霊的人生観に基づく価値観が明かされている今、

    この世的論理による『常識』というものは、

    人間の無限の可能性を押さえつけている『余計な価値観』

    であるかもしれません。

     

     

    すなわち、

    心の透明度とは、

    『まず、自らの心の生地、この純粋なるものから

    発するものを信ずる』ということ。

     

    ここから出発しなければならない、と説かれています。

     

     

     

    『常識』として教育のなかで

    与えられてきたものを中心に判断するのではなく、

    自分自身の自然なる姿に照らして、

    どのような生き方が不自然であり押し付けであり、

    この世的価値観であり余計な価値観なのか。

    これを考えてみるということです。

     

     

    要するに、この世的価値観や

    『常識』と言われているもので判断しているのか、

    それとも、自分の内面の真心から

    純粋に素直に出てきた判断であるのか、

    これを点検するということなのです。

     

     

    「自らが思いを起こし、行動を起こす際に、その思いと行動は、自らに本来備わっている源から

    純粋に出ているものであるかどうかを確認せよ」

     

     

    これができるかどうかが、未来型人間になれるかどうかの一つの分かれ目だと思います。

     

     

    宗教修行、信仰生活をして仏法真理を

    学んでいる私たちであっても、

    この世の『常識』や『価値観』、

    そして現代に力をもっている国家、マスコミ等と

    ぶつかることは数多くあります。

     

    そのような時、この世的価値観や『常識』、

    この世的権力に負けてしまっては、

    魂の力は出てこないのです。

     

     

     

    この世の常識や現代の社会構造がこうであるから、

    今までずっとこのような教育を受けてきたから、

    親がこのようにいうからという理由で

    この世の『常識』に

    負けてしまってはなりません。

     

     

     

    なぜ、なにゆえに宗教団体が母体である幸福実現党が

    このような理不尽な弾圧を受けなければならないのか。

     

    これが永田町の論理だから、マスコミの常識だから、

    という理由をうのみにすることができるでしょうか。

     

     

     

    例えば、幕末に活動した維新の志士たちは、

    それまで300年近く続いた江戸幕府の常識をうのみにせず、

    自らの内なる純粋な価値観に従って命がけで行動したからこそ、

    成し遂げられたのです。

     

     

    江戸幕府の将軍に逆らって、また藩の殿様に逆らって、

    脱藩する、また新しい時代を開くための

    活動をするということは、

    当時の常識にとっては本当に犯罪でもあり、

    国家を扇動する不穏分子とみられていたことでしょう。

     

     

    それをものともせず、自らの内なる価値基準に従って

    命がけで行動した方々がいたからこそ、

    明治維新は成し遂げられたのです。

     

     

    今の日本で、新しい時代を切り拓くためには、

    現在の常識をうのみにせず、

    勇気をもって内なる価値基準に従う決意が

    必要です。

     

     

     

    今、日本のみならず世界を救うための

    新たな教えが説かれています。

     

    現在の日本の常識的考えと行動では

    日本と世界を救えないなら、

    やはり精神的脱藩して新たな価値基準に従う

    勇気が求められているのです。

     

     

    このことを肝に銘じて、内なる価値基準に従って

    行動していきたいと思います。

     

     

     

     

     

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