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作品に込められたテーマについて

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    今日は、作品に込められたテーマについて

    考えてみたいと思います。

     

     

    私は映画を良く観ますが、

    私がたまたまそういう映画を

    立て続けに観ただけかもしれませんが、

    最近の日本映画は、なぜか後味の悪い映画が多く、

    地獄的な波動の映画が多い気がしています。

     

    私は映画作品には、少なからず

    監督の考え方、精神的な波動が

    込められていると思っていますが、

    そもそもの問題は映画化する題材の選び方でも

    あると思うのです。

     

    最近流行っている映画では、

    暴力や性やミステリーなど、普通の人生で

    経験できないことを描いた映画が評判を呼んでいますが、

    より刺激的にすることで宣伝効果を得て

    流行らせるような風潮は、

    結局商業ベースで観客を動員できる作品優先の考え方であり、

    そういう刺激的なシナリオでないと映画化できないことにも

    問題はあるのではないでしょうか。

     

    一方で「君の名は」のようなアニメ作品は、

    新海誠監督が独特の世界観でこだわりをもって作った作品で、

    予期せぬ成功で空前の大ヒットを遂げました。

     

    人々はこういう映画を求めていると感じます。

     

    一人のクリエーター、監督が本当に伝えたいこと、

    こだわりと思いのこもった作品が観たいと思います。

     

    ピカソ霊示集には次のように説かれています。

     

    「およそ、人間の精神力が感応して創り出した、

    この世的なもののなかに、霊的なバイブレーションを

    持たないものというのはないのです。(中略)

    ありとあらゆるものには、それをこの世に

    生み出さんとした方々の霊的な

    バイブレーション、それが加わっているのです。」

    (「ピカソ霊示集」より)

     

    例えば名作といわれる

    「風と共に去りぬ」、

    「ローマの休日」など

    うまく言えませんが

    今見ても時代を超えて感動させる何かがあります。

     

    やはり、シナリオもそうですが、

    映画監督の思想や表現したいテーマが

    伝わってくる良質な作品に出会いたいし、

    収益ありきで刺激的で

    地獄的な作品ばかり映画化するのではなく、

    もっと本当に良い作品が評価され、

    そしてどんどん才能ある映画監督が

    オリジナル作品を創れるような

    環境をつくれたらいいなと思います。

     

    総合芸術としての映画にふさわしい作品を、

    日本から世界に誇れるような映画を

    生み出す人材を輩出するべく、

    頑張っていきたいと思います。

     

     

     

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    天国的な作品はなぜ必要なのか

    0

      ブログを読んでくださっている皆様、

      いつも本当に有難うございます。

       

      2017年3月11日に、

      HSU未来創造・東京キャンパスが落慶いたしました。

       

      芸能・文化革命の総本山として、

      新時代の文明・文化のあり方、

      真理価値の高い芸術とは何かを探究し、

      文化の高みを創っていく光の出城が

      東京に誕生しました。

       

      これからの時代は、ソフト・ウォーの時代。

      今、芸能界や映画界、文学の世界では、

      ソフト面における光と闇の戦いが繰り広げられています。

       

       

       

      もちろん、ストーリーには光も闇も必要ですが、

      その作品が伝えようとしているテーマが何なのか、

      どんなことを伝えようとしているのかを

      よく考えなくてはいけません。

       

      地獄的な価値観で作った映画や文学やアニメなど、

      知らず知らずのうちに人々の心に影響を与え、

      未来を信じられなくなったり、

      人を信じられなくなったり、

      恐怖心や暗い気持ちになってしまったり、

      暴力や犯罪を助長することになったり、

      地獄界拡大のパイプとなってしまっている。

       

      そんな地獄的な価値観の作品を次々と生み出し、

      タレントはそんな作品への出演を拒むことができない

      という映画界や芸能界の闇に対し、

      千眼美子さん出家を機縁として

      奴隷契約や談合といわれる芸能界の古き体質に

      メスを入れ、浄化していこうという動きが

      出てきています。

       

      今こそ、少しでも

      天国的な価値観の作品を広げ、支持し、

      どちらの価値観の作品が

      より人々を感動させ、幸福にするか

      ということを、

      偏見や利害関係を抜きにして

      多くの方々に素直な心で感じ取っていただくことが

      大事なのではないでしょうか。

       

      そして、天国的な作品を支持する人々が

      増えれば増えるほど、

      映画界や芸能界の浄化が進み、

      芸能界の闇と絡むテレビ・マスコミ業界の

      改革も進んでいくのではないかと思います。

       

      そのためにも、

      天国的な価値観の作品を数多く創っていけるよう、

      真理の探究と行動を通して、

      多くの方々と力を合わせ、芸能・文化革命を

      推し進めていくことを心から願っています。

       

       

       

       

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      創造の自由と独創性について

      0

        今日は、創造の自由と独創性について

        探究してみたいと思います。

         

         

        来年は映画「君のまなざし」も公開予定で、

        芸能・クリエーター系の分野で新しい扉が開く年になる

        と感じています。

         

        クリエーターを目指す方々にとって、

        作品づくりの際に常に頭にあるのが

        ”オリジナリティがあるか”と

        いうことではないでしょうか。

         

         

        やはり、真理価値の高い作品を作りたいと願うならば、

        どれだけ独創性が発揮できるが大事であり、

        オリジナリティということは

        世の中にすでにあるものではなく、

        天上界の理想の理念を作品に宿すことができるか、

        ここに”悟り”や”美”など目に見えない価値を

        どれだけ表現できるかにかかっていると思います。

         

         

        では、どのようなものが

        独創性が高く、かつ真理価値の高い作品といえるのか。

         

         

        それについて、『幸福への道標』で次のように説かれています。

         

        「いかに独創的なものであっても、その発想の根底が、

        地獄的なる想念によって満たされているとするならば、

        これは残念ながら、ほんとうの意味での独創性に値しない

        と考えてよいと思うのです。

         

        というのは、独創性は、本来、仏が持っている創造の自由と

        きわめて密接に関連しているからです。

         

        仏が創造の自由によって世を創ったときに、その手本と

        なるものは何もなかったのです。

         

        何もないところから創り上げたということは、

        そこに独創的な考えがあったということです。

         

        この独創的な考えは、単に独創的であるだけでなく、その底に、

        「すべてのものがよくなりますように」という

        念いが潜んでいたのです。」(『幸福への道標』より)

         

         

        つまり、独創性が、

        地獄的なる想念やこの世的な欲望を満たす方向の

        発想から来るものであるならば、

        ほんとうの意味での独創性に値しないということです。

         

         

        真理価値の高い独創性とは、

        仏の子としての”創造の自由”を発揮し、

        「すべてのものがよくなりますように」

        という念いの方向性があるということなのです。

         

         

        また、独創性と善について次のように説かれています。

         

        「この世界の根底にあるのは「善」なのです。

        善なるエネルギーなのです。

         

        仏は創造の基に、「善」という考え方を

        明らかに持っているのです。

         

        したがって、みなさんは、自由の発揮の仕方として、

        「善を選び取る。善に志し、向かう」という性質を

        持たなければなりません。

         

        すなわち、人生における独創性は、

        「われにもよし、人にもよし」という観点から

        追究されねばならないのです。

         

        そうでなければ、ほんとうの意味で独創的であると

        言うことはできないのです。

         

        むしろ、この善なる志向のない“独創”は、独りで走る

        「独走」といった漢字を当てるほうが適切かもしれません。

        独りで走っていった結果、その最後は哀れなものと

        なっていることが多いように思えるのです。」

        (『幸福への道標』より)

         

         

         

        仏の子としての”創造の自由”の発揮の仕方として、

        「善を選び取る。」という性質をもつこと。

         

        人生における独創性は、

        「われにもよし、人にもよし」という観点から

        追究されねばならない

        と説かれています。

         

         

        これは、作品における独創性としても、

        「人々を幸福にする」という観点を目指すこと

        が真理価値の高める基準となるのではないでしょうか。

         

         

        ”善”なる志向のない”独創”は、

        「独走」のように独りよがりとなり、

        人々に認められるものとはなりません。

         

        もしくは、この世的価値観でみたら

        アートや芸術作品として認められていても、

        欲望や劣情をあおり、人々を幸福にしない作品は

        これからの新文明の芸術文化において

        だんだんと評価が低くなっていくことでしょう。

         

         

        最後に、『光ある時を生きよ』から、

        「夢の力」の詩をご紹介します。

         

        「汝が夢をみることができるということは、
         汝に神と同じく創造の自由が

         与えられているということなのだ。
         こうした貴重なる体験が夢であることを知れ。

         

         夢の中で飛翔せよ。
         夢の中で自己を拡大せよ。
         夢の中で大いに生きよ。
         夢の中で自らを限定するなかれ。

         

         人間よ、必ず、心の中に夢を持て。
         夢なき時、汝は死したのである。
         夢なき時、汝は老いたのである。

         

         人間よ、老いこんではならない。
         永遠の若さを保て。
         永遠の若さとは、
         すなわち、夢を抱く力である。夢を想う力である。

         

         夢の中に限界が現われた時に、
         汝の限界もまた画されるのだ。

         

         人びとよ、夢を描く能力がいくら多くとも、
         だれに恥ずることもないということを知れ。

         

         夢を描く能力が、どれだけ大きいかを誇れ。」

        (『光ある時を生きよ』より)

         

         

        芸能・クリエーターを目指す方々が、

        自己の限界を突破し、潜在能力を発揮し、

        心の力で夢を描いて現実化していくことを

        心から願っています。

         

         

         

         

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        ヘルメス思想と芸術による神の子の証明について

        0

          今日は、ヘルメス思想について探究してみたいと思います。

           

           

           

          最近、『ルネサンス・コード』という本を読みました。

           

          一言でいうと、本当に面白い!という内容でした。

           

          本著は、イタリア・ルネサンス時代の

          芸術の思想的バックボーンにある、

          ヘルメス思想の暗号を浮かび上がらせたという意味で、

          非常に興味深く読めました。

           

          人間罪の子として原罪を背負い、

          自由を抑圧された中世キリスト教社会の中で、

          天才芸術家たちがいかにして、人間神の子としての創造の自由、

          人間の尊厳を芸術として表現したか。

           

          ヘルメス思想で説かれるメッセージを芸術に織り込んで、

          この芸術作品に込められた霊的な力が人間性の解放をもたらし、

          時代を変革する力ともなった。

           

          当時のキリスト教の権威主義によっては、

          キリスト教国も収まらず、情勢が不安定で

          閉塞感が漂っていた時代に、

          ヘルメス思想による芸術が時代を変える原動力となったのです。

           

          そしてルターの宗教改革が起き、

          大きな革命に繋がっていったのです。

           

          その意味で、政治の混迷に加え、当時のキリスト教が

          人々を救えなくなっていた時代に、政治・宗教だけではなく、

          芸術文化に込められたメッセージによって

          人々の心のなかに

          時代を変える機運が高まっていったというのは、

          本当に興味深いことです。

           

          『愛から祈りへ』のなかで、次のように説かれています。

           

          「実在界において、ヘルメスはおもに

          二つの役割を果たしています。

          一つは、発展繁栄をつかさどる役割です。

          ギリシャにおけるヘルメスの繁栄が、

          現在まで西洋文明の繁栄を創ってきたという

          事実があるのです。」

           

          「ヘルメスのもう一つの役割は芸術的な部分です。

          ヘルメスは文学や絵画といった

          芸術系統の指導もしてきました。」

           

          昔からギリシャには

          「悪魔は芸術を解さない」ということわざがあり、

          発展繁栄の力が神から出ているものであることを

          証明するために、

          ヘルメスは芸術の領域をかなり強く前面に押し出し、

          絵画や音楽、詩など、

          芸術面から証明を行ったと説かれているのです。

           

           

          その意味で、

          ヘルメス思想には

          芸術による人間神の子の証明を行い、

          文明開化や発展繁栄をもたらす力がある

          ということであり、

          その証明がイタリア・ルネサンス

          でもあったのではないでしょうか。

           

          今日は最後に、第二のルネッサンスへの試みとして、

          昔書いた詩のなかから一つ載せさせていただきます。

           

           

           

          『愛の信念』

           

          ひとよ 

          美しき人生を
          歩みたいなら
          信念を貫け

           

          何のための信念か
          それを心に問え

           

          自己実現のため
          それとも愛ゆえに

           

          逆境に負けず
          愛ゆえに信念を
          貫くとき
          魂が輝きを増す

           

          多くの人の
          心を潤す
          愛の泉が
          湧き出ずる

           

          恐怖に負けて
          信念を曲げるとき
          魂に負け犬の
          刻印が刻まれる

           

          ひとよ
          多くの人を
          幸福にせんがために
          信念を貫くとき
          主の愛のパイプから
          無限の光がほとばしる

           

          主の愛は無敵なり

           

          主の僕が
          愛の行軍をなすとき
          多くの協力者が
          現れる

           

          魂の美しき輝きに
          愛ゆえの信念に
          主の愛を感じとる

           

          愛に敵なし

           

          この世的にどれほど
          劣勢であろうとも
          恐怖は愛に勝てない

           

          魂の永遠を信じよ

           

          愛こそ
          主の働き
          天使たちの使命

           

          主の愛に生きるとき
          この世にて
          いかなる結果となろうとも
          敗れざる者となる
          魂の勝利者となる

           

          愛はすべてを育み
          美しく輝かせる
          最大の力なり

           

          愛の信念を貫け

           

           

           

           

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          感性からの伝道について

          0
            今日は、感性からの伝道について、探究してみたいと思います。

            ダンテの霊言のなかで、次のように説かれています。

            真理の普遍性、普及性というものを考えた時に、その文学の纏いというものを、やはり使っていく必要がある。そして、芸術的に美しいものであればあるほど、人びとの心に迫り、人びとの心を揺さぶるものとなってゆきます。

            この意味において、やはり芸術性の高さというもの、これは言葉の美しさであるし、言葉運びの美しさでもあるし、全体の構成の美しさでもあるし、胸を打つものでもあるし、こうしたものでありますが、この芸術性の高さという面は、もう少し考えておく必要がある。文学的切り口から入っていくということも大事である。このように思うわけであります。
            (『ピカソ霊示集』ダンテの霊言より)

            真理伝道において、真理の普遍性、普及性を考えた時には、
            芸術性の高さという面が必要である。


            ここには、現在の私達の真理伝道の活動を、
            本を読まない層、今までアプローチできていない層にまで
            裾野を拡大してさらにもう一段広げていくためのヒントが
            含まれていると感じます。

            大衆布教において、
            過去の宗教文化で現代まで残っているものは、
            普遍性があり、芸術的に美しいものが多くあります。

            キリスト教の宗教芸術やルネサンス期の絵画など、
            多くの人々の心を揺さぶり、感動を与えることで、
            時代を超えて多くの信者に
            霊的世界と信仰の尊さ、素晴らしさを伝えています。


            『これが「真理と文学」というテーマについてでありますけれども、今後、今言ったように、思想書のみならず、そうした詩、あるいは音楽、あるいは小説、あるいは戯曲、こうした形で、さまざまに真理を書き残していく必要があると思います。そうしたバラエティに富んだ入口をつくることが、より一層大きな普遍性というものを、生み出すようになってくるであろう。』(『ピカソ霊示集』ダンテの霊言より)

            これからの真理伝道には、
            思想書のみならず、
            芸術性の高さと文学的切り口で、
            多様な人々の心に宗教的感動を与えることが
            必要であると思います。

            詩、音楽、小説、映画など、
            本をあまり読まなくなった現代人の心に響くテーマで、
            真理を込めて人間臭く描くことも大事だと思います。

            元々生まれながらに天使の方の生涯を描くことも大事ですが、
            平凡な人間が失敗を繰り返しながら人生を生きるなかに、
            真理を悟っていくドラマを描くことも、共感を得るのだと思います。

            作品の奥底に真理の理念が込められ、

            見た人が何が言いたかったのか考えるような作品もまた
            必要なのではないでしょうか。

            様々な趣味嗜好や興味関心にあった、
            バラエティに富んだ真理への誘いの入口をつくることが、
            より一層大きな普遍性を生み出すと説かれています。

            また、ダンテの霊言で、映画、テレビ等視覚に訴える真理の伝道について
            次のように説かれています。

            おそらくこれからの真理伝道ということは、書物、あるいは講演、これだけでは足りない、たぶん足りないと思うのです。ではどういうものが必要かというと、やはり、「視覚に訴えるもの」がなければいけない。視覚に訴えるものが必要であろう。こういうことを感じます。
            その意味において、やがては映画の製作、あるいはテレビ番組の制作、あるいはアニメのようなものが出てきてもいいかもしれない。こうした視覚に訴える伝道方法というもの、これを考えていく必要があると思います。視覚に訴える伝道です。これが必要であると思います。これがなければ、やはり今後、大きな広がりが見えない。このように思います。
            (『ピカソ霊示集』ダンテの霊言より)

            これからの真理伝道には、「視覚に訴える伝道」が必要である。

            幸福の科学では数々のアニメ映画を制作しておりますが、
            さらにHSUに芸能クリエイターコースが新設されることになっております。

            まさに主が願われることは、
            本を読む人々だけではなく、
            もっと多くの人々に、
            すべての人々に法を伝えたい。
            世界中の国々の言語も違う人々に、
            人類普遍の真理を伝えたい。という心でいっぱいだと思うのです。


            そのためにこそ、
            新しい伝道方法として、
            芸能クリエイターコースを創られたのではないかと
            感じております。

            ですから、この視覚性、これを大事にしていただきたい。言葉だけというのでなくて、感性に訴えるように。また視覚という眼に見えるものだけでなく、音として聴こえることも大事です。つまり音楽性ですね。このように、人間の興味がある内容、対象、こういうものをトータルに捉えていく。できるだけ大きな範囲で捉えていく。ま、こういう必要があるであろう。・・・特に女性向け、あるいは子供向け、老人向けには、こうしたテレビ、映画の類、これは非常にわかりやすいであろう。ま、こういう感じをうけます。(『ピカソ霊示集』ダンテの霊言より)

            視覚性を大事にし、
            言葉だけでなく、感性に訴える伝道をしていくこと。


            視覚だけでなく、音楽など五感に訴えるもの。

            人間の興味がある対象をトータルに捉え、
            そこに真理を込めて伝えていくことが大事
            だと説かれています。

            今は女性の時代とも言われ、
            宗教も女性が主流となっておりますが、
            女性が感性で感じ取って
            信仰の素晴らしさを直感できるような
            芸術作品、映画やドラマが必要になってくる
            と感じています。

            そしてそのような作品が
            世界に広がり、言語の違う様々な国々の人々にも
            信仰の素晴らしさを感じ取っていただけるような
            文化の高みをこの日本に創っていくことが、
            私たちクリエイターを志す者の使命であると感じています。

            多くの方々がこの道を志すことを願っています。


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            神の芸術と個性について

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              今日は、神の芸術と個性について、探究してみたいと思います。

              ゴッホの霊言では、次のように説かれています。

              「あなた方の真理だとか、道徳だとかいうもののなかには、人との協調を大事にするような気持ちもあるだろうと思うけれども、そうしたものに対する妥協を許さない情熱、こういうもののなかにも、やはり真理はあると思うんですね。この辺を間違えてはいけない。

              結局、人間というものは、自分のなかでいちばん光っているものを中心に、神の芸術を創っていけばよいのです。

              頭のある人は頭を、眼のよい人は眼を、耳のある人は耳を、手のある人は手を、それぞれ自分のいちばん優れたるものを使って、神の宇宙芸術を手伝っていくという考えが大事ではないか、私は、このように思うわけです。」(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊言より)


              ゴッホによれば、
              ・妥協を許さない情熱のなかにも、真理はある
              ・自分のなかで一番光っているものを中心に、神の芸術を作っていけばよい
              ・自分の一番優れたるものを使って、神の宇宙芸術を手伝っていくという考えが大事

              ということでした。

              また、ピカソの霊言では次のように説かれています。

              「私は「多数決の時代はもう終わった」と思います。多数決の時代は終わって、やはり、優れたる個の時代です。優れたる個性の時代です。優れたる個性が、おそらく時代をリードしていくであろう。私はそう感じますし、それに間違いがないと思います。優れたる個性の時代です。

              そうであるならば、時代をリードしていく人は、優れたる個性を持たねばいけません。優れたる個性というものは、他の者と同じであってはいけない。自分の突出した性格、性質、能力を、思う存分に発揮する。

              そして、社会的に、ある程度、認められる。評価を得て、それ以外の世界をどんどんと出していく。こういうことが大事であろうと私は思います。」(大川隆法著「ピカソ霊示集」ピカソの霊言より)



              この一節は何度かこのブログでも取り上げましたが、
              これからは優れたる個の時代になる、ということです。

              日本人的な組織や人は、出る杭は打たれる、という考え方や調和を重んじる性質があり、
              優れたる個、が出てきにくい文化的な土壌があることは否めません。

              しかし、これからの時代、本当に日本発の文化の高み、真理芸術の高みを作っていくためには、
              妥協をしない優れたる個が、どんどんキラ星の如く輩出され、霊的価値観に基づいた
              芸術作品を生み出し、芸術・文化面から霊性革命を推し進めること
              が絶対必要です。

              そのために、自らの魂の個性の強みをまず発見し、
              その強み、個性の輝きを伸ばし、育てていく、
              そのような環境を作ることがぜひとも必要であると感じます。

              ただし、組織の中では、実績を出してこそ、
              個性がきらめくのだと教えていただいています。


              参考:ヘルメスの7つの成功方程式(ザ・リバティより)
               実績を出してこそ個性がきらめく
               情熱なくして成功なし
               情報を最大の武器とせよ
               他の人の力を生かし切る
               リスクを怖れずチャレンジせよ
               明確なビジョンが人を奮い立たせる
               本当の成功は愛に始まる

              最初から個性を発揮しようとしても、実績がないと周りの人は
              なかなか信用してもらえません。
              方法論として、最初から個性的なことをやって成功しようとするのではなく、
              まずは守破離でその組織のやり方で実績を出し、実力があることを
              証明して、周りの人の信用を得てから、徐々に個性を発揮していく、
              ということも、組織における成功法則の一つです。

              もちろん、芸術家においては、早くから個性を発揮することも
              成功への道です。

              「愛から祈りへ」のなかで、次のように説かれています。

              「オフェアリスが解いたことは、次の三つの柱がありました。
              第一の柱は、「人間は本来、全知全能の神と同一の資質を有している」ということです。

              そして、「人間は、、みずからが全知全能の神と同質であることを証明するために、その才能を百花繚乱のごとく咲かせ、この地上を文明文化の展開の地とすべきである」と彼は説きました。

              すなわち、「人間には才能を開花させる義務がある。それが、神の存在証明や、人間が神の子であることの証明になる」と説いたのです。」



              オフェアリス神は、芸術による人間性の解放を説きました。
              当時のギリシャでは、「悪魔は芸術を解さない」とも言われ、
              芸術的な光を放つことは偉大なる神の子の証明でもありました。

              すなわち、芸術とは人間性の解放であり、神の子の証明でもあるということ。

              神の子としての人間が人間性を解放し、
              それぞれの才能を開花させ、
              その才能を百花繚乱の如く咲かせ、
              この日本に文化の高みを創っていくこと。

              そして、その新文明の文化が世界中に広がり、
              芸術・文化面から霊性革命を推し進めること。

              そのために、
              まずは芸術家から、
              人間性を解放し、
              妥協せず個性を伸ばす環境づくりが
              実現することを、強く願っています。


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              芸術家の仕事について2

              0
                今日は、芸術家の仕事について、さらに探究していきます。
                ゴッホの霊言では、次のように説かれています。

                「 だから、この世界にはすべてがあるんですよ。絵もある。音楽のような調和もあるのです。それを発見する人が、いるかいないかです、結局はね。美を見てもそれが表現できない人にとっては、写真を撮るのが精一杯であるかもしれない。単に美しかったというだけで、とまるかもしれない。それをあえて、客観的に多くの人にわかるような、そういう普遍的な形にして残すのが、私たち芸術家の仕事であるわけです。美の瞬間を捉える。美の空間を封じ込める。ま、こういう仕事だね。結局は、そういうものです。」(『ピカソ霊示集』ゴッホの霊言より)

                この世界にはすべてがあり、調和も美もある。
                それを発見する人が、いるかどうか。
                それをあえて客観的に多くの人にわかるような普遍的な形として残すのが、
                芸術家の仕事である、ということです。
                また、芸術家の仕事とは、
                美の瞬間を捉える、美の空間を封じ込める、という仕事でもあると説かれています。
                まさに、芸術家は「美」の探究者として、あらゆるものに「美」を見出し、
                それを多くの人々に分かるように表現できる人とも言えるでしょう。
                写真などであれば、美しいと感じる瞬間を捉える、というのは
                わかりやすいかもしれません。
                また、映像であっても美しい瞬間を、空間を捉える、
                それを多くの人々が分かるように映像化する、ということは
                わかるでしょう。
                しかし、どんな瞬間が美しい瞬間なのか、
                どんな空間、どんな情景が美しいと感じられるのか、
                についてはやはり「美」を発見する能力が必要だと感じます。
                ピカソの霊言ではこのように説かれています。
                「霊能者は、天上界にあるアイデアを、インスピレーションとして受けることができます。もちろん、インスピレーションは、頭、あるいはハートで直接にキャッチするものですけれども、それ以外に、目によってキャッチすることもできるのです。あなたがたが見ているものと私たちが見ているものとは、同じものかどうかはわからない。むしろ、私たち芸術家の目は、「美」という一つの概念のもとにおける霊眼、霊的な眼なのです。あなた方が何気なく見すごしてしまうもののなかに、躍動する美を見ることができるのです。」(『ピカソ霊示集』ピカソの霊言より)
                芸術家は、ある意味霊能者でもあり、「美」という概念のもとにおける霊的な眼で、
                普通の人が見過ごすようなもののなかに、躍動する美を見ることができる
                ということです。
                これは、「美」という視点から、目に見える美だけではなく、
                霊的な美を発見する能力が優れているということではないでしょうか。
                優れた芸術家は、目に見える美ではなくその奥に込められた霊的な美を
                発見して、それを描こうとするのかもしれません。
                では、霊的な美とは何でしょうか。
                愛は風の如く第4巻では次のような一節があります。
                「アフロディーテ、私は知ったよ。ほんとうの美というものは、外面のものではないのだ。たとえば、この海が美しく見え、この竪琴が美しく見え、あなたの姿が美しく見えるけれども、それは、外面から来ているものではないのだ。そのなかに魂の輝きがあってこそ、美は本領を発揮するのだ。私は、その事実をはっきりとつかんだのだ。」
                結局、この世界のあらゆるものには神の息吹が宿り、
                生き物にも植物にも魂が宿っている、
                ということを信ずるならば、
                外面的な美を醸し出しているもの、
                内面の魂の輝き、霊的な輝きを見出して、
                それを表現することが、
                芸術家の仕事ではないか、
                と感じます。
                言い換えるならば、
                いかに神の創られた世界の霊的な美を表現するか、
                ということでもあるのでしょう。
                これには無限の深さ、無限のフロンティアが拓かれていると感じます。
                神の創られた世界の霊的な美を発見しよう、
                その神の光の輝きを表現しよう、
                とすることで、
                新時代の真理芸術が生まれてくると感じます。
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                美と善悪について

                0

                  今日は美と善悪について探究してみたいと思います。

                  大川隆法総裁先生は、御法話「逆境経営法」のなかで、
                  次の時代のコンセプトは、「美」の探究である
                  と説かれました。
                  「真」「善」「美」のうち、
                  「真」「善」は宗教家等によって探究されてきましたが、
                  「美」の探究が次の時代の経営の生き筋になるだろうということでした。
                  では、一体、「美」とは何でしょうか。
                  いろんな角度から探究する必要があると思いますが、
                  今日は「美」と「善」の関係について
                  参考書籍をもとに学んでみたいと思います。
                  「美」と「善」について、
                  ゴッホの霊言 によれば、次のように説かれています。
                  「芸術家というのは、結局、美ということを通して善悪を超えねばならんと私は思うんですよ。善い生き方、悪い生き方、善人、悪人、いろいろな考え方はあると思うのだけれども、芸術家というものは、そうした道徳論は超えないといかんね。何を通して超えるかといえば、美を通して超えるんですよ。美というものを通して、この善悪を超えていけるのです。この善悪の陰陽はね、美という観点から止揚され、統合されていくんですよ。(中略)
                  善悪を超えるものは美です。これは、どういうことかというと、「神は、なぜ善と悪を創られたか」というふうに考える人も数多くいると思うけれども、結局、「神には、美の観点から善悪を創っておられる面がある。美の観点から、光と闇を創っておられるところがある」ということなのです。それは、「味わいの深いものを創るためにやっている」ということだ。」(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊言より)
                  芸術家の視点でみれば、善悪というものは、美というものを通して超えられるということ。
                  神には、美の観点から善悪を作っておられる面がある、ということです。
                  なぜでしょうか。
                  それは、味わい深い魂の教訓を得るため、
                  味わい深い魂の輝きを得るため、
                  ではないでしょうか。
                  光と闇、善と悪、この陰陽があることによって、
                  この世の人生の魂修行のなかで、
                  歓びも悲しみも苦しみも生まれてきます。
                  喜びだけの世界であれば、苦楽の楽だけの世界であれば、
                  魂の足腰は鍛えられず、感動のドラマも生まれません。
                  歓びも悲しみも苦しみもあり、
                  光も闇もあるこの世という仮の世界で
                  魂修行をすることによって、
                  感動が生まれ、
                  アコヤ貝の真珠のような
                  美しい魂の輝きが生まれる、
                  ということかもしれません。
                  そうであるならば、
                  霊的な魂の輝きを増す生き方をすることが
                  大事なことではないでしょうか。
                  また、霊性の美しさを表現することが、
                  善悪を超える道でもあるのではないでしょうか。
                  また、「愛から祈りへ」のなかに次のように説かれています。
                  「知ることは愛することであり、美しいことは同時に愛でもある。愛のなかには、すべてのよきものが含まれる。それがギリシャ的なる愛の精神だった。」
                  「この大宇宙は、人々の生活空間であるこの世界は、ほんとうは、善一元とも善悪二元とも、光一元とも光闇二元とも言えないのです。そこにあるのは愛一元の世界、愛しかない世界なのです。」
                  ギリシャ的愛の精神とは、愛のなかに美と知を含む、というものでした。
                  ヘルメス神の教えによれば、
                  この世界は善悪二元とも善一元ともいえず、愛一元の世界なのだ
                  ということなのです。
                  ここに、芸術家における善悪は美によって超えられる、という思想と
                  共通点を感じます。
                  愛のなかに美と知は含まれ、美の観点から善悪を超えるなら、
                  芸術家における美の探究とは、
                  「愛」の探究でもあると言えるでしょう。
                  神の愛、すなわち仏の慈悲こそ、善悪二元の世界を統合するものであり、
                  神はあらゆる人生のドラマのなかで、魂を美しく輝かせることを望まれている
                  のではないかと感じます。
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                  芸術の感動の源にあるものとは

                  0
                     お久しぶりです。
                    最近ばたばたと忙しく、ご無沙汰していました。

                    やっと落ち着いてきましたので、再開しようと思います。

                    やはり、続けてこそ智慧も湧いてくるものですよね。

                    さて、今日は「芸術の感動の源にあるものとは」について探究してみたいと思います。


                    月刊誌「are you happy?」2013年10月号は芸術特集でした。

                    その中の大川隆法総裁ご論考のなかで、次のように書かれています。


                    「人に感動を与える芸術のもととなっているものは、意外にも、私は宗教だと思います。
                    (中略)美しい言葉が永遠に遺っているところがあるので、宗教というのは、芸術に極めて近いところにあるものではないかと感じている次第です。」


                    「芸術というのは宗教に極めて近いもので、実は、神の言葉を書き言葉以外で表現するものが芸術だというふうに、私は考えております。そういう意味で、宗教性が高まれば高まるほど、芸術性も高いものになっていくと思います。」


                    古来より、神の言葉は語り継がれ、人々の魂を揺さぶり、感動を与え続けてきました。

                    宗教は、神の言葉を伝えるものであり、仏陀やイエス・キリストやマホメットなど、
                    何千年も遺っているものには、その言葉のなかに、人種を超えた世界中の人々の魂が救われ、感動してやまない何かがあるのです。


                    それは、言葉のなかに、この世ならざる神の光、神の真理が込められているということではないでしょうか。

                    大川総裁は、「芸術とは、神の言葉を書き言葉以外で表現するもの」と説かれました。


                    そうであるならば、真なる芸術とは、神の光、神の真理を表現するものに他なりません。


                    ピカソの霊言(ゴッホの霊示)のなかで、次のように書かれています。


                    「やっぱり、何ていうか、芸術の究極にあるのは神ですよ、結局は神なんだ。

                    だから、神を描くか、神の創ったものを描くか、神の理想を描くか、結局、最後は、ここだということです。ここを忘れてはいけないよ。

                    これがなくて、この世だけに閉じこもっていては、芸術家は大きく育たないのです。「この世ならざるものを見抜いていく」ということが大事です。

                    「芸術の究極には神がある」という考えは、決して忘れてはいかん。私はそう思います。」



                    芸術の究極にあるものは神であり、この世の壁を突き抜け、「この世ならざるものを見抜いていく」ことが大事である、ということ。


                    その意味で、新時代の芸術を探究するならば、この世ならざるものの探究が必要であり、大宇宙の神秘や、この世界を創られた神の探究が不可欠となってくると感じます。


                    結局、作品の奥に込められたこの世ならざる霊的波動を伝えることが芸術でもあるし、
                    最も素晴らしい理想の霊的波動を持つ者は、神であり、神の愛であろうと思います。



                    話は変わりますが、渋谷の街を歩いていると、
                    雑踏のなかにブランドのお店や最先端のデザインビルなどがあり、
                    美を追求しつつそれぞれが主張して、
                    全体として街の雰囲気を作っているところがあります。

                    たとえば霊的価値観が広がっている未来の渋谷は、
                    ブランドやデザインビル、いたるところのデザインに霊的価値観や美が込められ、
                    「神の光が降りるカフェ」とか「魂の成長によい服」とかが流行り、
                    街のなかのデザインも神の美を表現したものが増えている、
                    と想像するとどうでしょうか。


                    神の言葉を言葉以外で表現するものが芸術であるならば、


                    神の言葉の理念が込められたデザインやブランド、物が溢れた
                    未来の街は、美しい街であることでしょう。


                    神の世界を表現する芸術家が数多く出てくることを望みます。



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                    新時代の芸術家の仕事について

                    0
                      今日は、新時代の芸術家の仕事について探究してみたいと思います。

                       『「一目見て心打つ」というのは大事なことなんですよ。

                      じっくり見れば立派に見えてくるというのもあるけれども、「一目見て心を打つ」という絵は、やはり、魂の奥底から出てくるものだ。
                      この大胆さは美の確信だな。美への確信、揺るぎない自信がなければ、大胆なこの画想といいますか、そうしたものが湧かんのですよ。
                      その美への確信がない人が絵を描くと、てきとうなところでごまかす。妥協する。人々にそこそこよく言われそうな、よく売れそうな絵をかく。
                      しかし、美への絶対的確信がある人は大胆です。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊示より)
                      ゴッホの霊示によれば、
                      「一目見て心を打つ」という絵が、そのほかの絵と何が違うかというと、
                      「美への確信」があるかどうか
                      ということだと説かれています。
                      魂の奥底から出てくる大胆さ、美への確信、揺るぎない自信によって
                      大胆な着想が得られ、「一目見て心を打つ」絵が出来るのです。
                      美への確信がない人は、
                      世間で美しいと言われるような、よく売れそうな絵を書こうとして妥協する。
                      しかし、「美の確信」が心のうちにある人は、
                      妥協せず、大胆な着想で絵を書くからこそ、
                      魂の奥底から出る霊的波動が込められた心を打つ絵が書けるのではないでしょうか。
                      また、画家の仕事の本当の価値について次のように説かれています。
                      『画家というものは、この世のなかに、この世ならざるものを見出すのです。そこに、ほんとうの価値があるのです。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊示より)
                      画家というものは、「この世のなかに、この世ならざるものを見出す」ことに
                      ほんとうの価値があるということ。
                      つまり、画家の仕事は、
                      「この世のなかにある霊的な美を見出し、描き出すこと」に
                      本当の価値があるということなのです。
                      『だから、この世界にはすべてがあるんですよ。絵もある。音楽のような調和もあるのです。それを発見する人が、いるかいないかです、結局はね。
                      美を見てもそれが表現できない人にとっては、写真を撮るのが精一杯であるかもしれない。単に美しかったというだけで、とまるかもしれない。
                      それをあえて、客観的に多くの人にわかるような、そういう普遍的な形にして残すのが、私たち芸術家の仕事であるわけです。
                      美の瞬間を捉える。美の空間を封じ込める。ま、こういう仕事だね。
                      結局は、そういうものです。』(大川隆法著「ピカソ霊示集」ゴッホの霊示より)
                      ゴッホの霊示によれば、
                      「美を多くの人に分かるような、普遍的な形として残す」
                      「美の瞬間を捉える。美の空間を封じ込める」
                      ことが芸術家の仕事であると説かれています。
                      美しいと感じることは、人間の感じ方によって様々にありますが、
                      人間は生まれた時から美醜を感じ取ることができると言われています。
                      美しいと教えられてそう感じるのではなく、魂のなかに
                      美しさを感じる部分があるからこそ、
                      人間は生まれながらに美醜を感じ、
                      それが世界中の人びとにある程度共通しているのではないでしょうか。
                      そうであるならば、
                      人間が感じる「美」の本質を探究し、その奥にある霊的な美を見出して
                      描き出すことが、芸術家の仕事でもあると感じます。
                      そこには、「美しさ」のなかに込められた霊的な光や波動を感じ取る
                      感性を磨くことが必要であり、美を探究すればするほど
                      霊的世界を探究せざるを得ないのではないでしょうか。
                      だからこそ、偉大な芸術家はみな霊能者である、と言われるのでしょう。
                      「美への確信」を持つためには、霊的価値観に基づいた美の探究が必要です。
                      新時代の芸術家の仕事として大事なことは、
                      ・ 霊的価値観に基づいた美の探究を続け、「美への確信」を持つ
                      「この世のなかにある霊的な美を見出し、描き出す」
                      ・「美の瞬間を捉え、美を多くの人に分かるような、普遍的な形として残す」
                      ということではないでしょうか。
                      新時代を担う多くの芸術家の方々が、
                      霊的価値観に基づいた美の探究を深め、
                      「美への確信」を強められることを望みます。
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