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新しい文化革命について

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    今日は、新しい文化革命について、探究してみたいと思います。

     

     

    2016年は、『君の名は』という新海誠監督のアニメ映画が

    空前の大ヒットを記録し、

    なんと1月27日時点で235.6億円、

    国内の歴代映画興行収入第4位だそうです!

     

    (ちなみに第1位は『千と千尋の神隠し』304億円、

    第2位『タイタニック』262億円、

    第3位『アナと雪の女王』254億円。)

     

    また、RADWIMPSが歌う主題歌『前前前世』も

    海外上映に向けて

    英語バージョンが新たに作られるほど人気で、

    すでに公開された香港、台湾、タイ、中国の

    映画ランキングでも1位を獲得し、

    世界中に『君の名は』旋風が吹いています。

     

     

    この映画『君の名は』大ヒットによって、

    この魂が入れ替わる世界観や、主題歌『前前前世』にみる

    生まれ変わりの歌詞が

    当たり前のように受け入れられることで、

    その前提にある「魂、霊界、転生輪廻」といった世界観を、

    多くの人々が受け入れたのです。

     

    これは、ある意味革命的出来事で、

    仏法真理の価値観を受け入れる一歩手前まで来ている

    ということを、大川隆法総裁は

    2016年12月ご法話『繁栄への決断』で説かれました。

     

    さらに、大川総裁は次のように説かれています。

     

    『そういう意味では、

    文化的、ソフト的な要素を持った革命もありました。

     

    この流れが、来年以降、だんだん、

    文学や芸能の世界でもアピールされ、

    次第に、現在の日本の精神的土壌が覆っていくこと、

    変わっていくことを大いに希望しています。』

     

    『今、全国民に向けて、

    あくまでも文化的なプロモーションで、

    そうした文化的底流でもって、

    大きな流れをつくろうとする動きを始めています。

     

    これは、「新しい挑戦」であり、

    一つの「創造的破壊」だと思っていただいて結構です。

    そのように、「一般の方々も巻き込んだかたちでの、

    新しい文化革命を起こしていきたい」

    と考えているのですが、こちらは、

    平和な路線での革命でありましょう。』

     

     

    ここで説かれた「新しい文化革命」とは、何でしょうか。

     

    ・文化的、ソフト的要素を持った革命

    ・文化的プロモーション、文化的底流で大きな流れを創る動き

    ・一般の方々も巻き込んだかたちでの平和な路線での革命

    であり、

    「新しい挑戦」

    「創造的破壊」

    であると説かれています。

     

     

    先ほどの映画『君の名は』でいえば、

    映画によって「魂、霊界、転生輪廻」といった世界観を、

    多くの人々が受け入れた

    という革命でありましょう。

     

    新しい文化革命とは、推測すると

    「文化的、ソフト的に霊的価値観、仏法真理の価値観を

    多くの人々が受け入れる精神革命」であるのかもしれません。

     

     

    一方で、戦後の日本は、

    唯物的思想や自虐史観に染まり、

    仏神への信仰心や霊的なものを軽視する風潮があります。

     

    しかしながら、日本の歴史を振り返ってみると、

    仏神を信じ、霊的にも高い文化を創ってきた時代が

    いくつもありました。

     


    『大川隆法霊言全集』第36巻 天御中主神の霊言(2)では、

    次のように説かれています。

     

    『いまや、インドも中国も、そして、ヨーロッパもアメリカも、

    また、イスラエルの地も、世界の宗教的中心と

    言いきれるだけの、

    実力もなければ霊的な香りもないと思う。

     

    いま、世界の宗教的な中心は、すなわち、これ、日本である。

    日本という国である。

     

    この、日の出ずる国、日の昇る国において、

    大いなる精神の波が押し寄せ、

    大いなる精神革命の息吹が、いま、始まろうとしておるのだ。

    大いなる胎動が始まろうとしておるのだ。

     

    われらが、三千年の長きにわたって、

    日本という国に溜めきたった、

    文化のエネルギー、神の栄光の蓄えが、いま、一挙に、

    この三次元の地上に噴出し、そして、

    その大いなるエネルギーの波が

    全世界を覆わんとしてきておるのである。』

     

     

    やはり、日本文化の高みを創った霊的背景としては、

    日本の神々が何度も生まれ変わって

    文化創りに数多く携わり、また天上界から支援し、

    現代の日本に新しい文化革命を起こすための

    精神的土壌を創ってきたのではないでしょうか。

     

    そして今、

    弘法大師空海が1200年磁場づくりをしたからこそ

    エル・カンターレが四国に下生されたように、

    日本の神々が三千年蓄えてきた

    文化のエネルギー、精神的土壌があるからこそ、

    エル・カンターレ信仰による精神革命、

    新しい文化革命が始まろうとしているのだと感じます。

     

     

    その意味で、新しい文化革命には、

    日本の神々、世界の神々に感謝を捧げ、

    日本の神々が創ってきた日本の霊的文化、

    そして東洋の神々が創ってきた霊的文化、

    西洋の神々が創ってきた霊的文化を

    学ぶ必要があると思うのです。

     

    なぜなら、

    現代の新しい文化づくりを目標として考えれば、

    何千年も昔から、

    神のマネジメントとして

    日本、東洋、西洋に独自の文化を創り、

    その価値観がエル・カンターレの価値観によって

    統合され、新文明の文化となるべく

    計画されてきたのではないかと思うからです。

     

    『神理文明の流転』では、次のように説かれています。


    『もうひとつは、

    儒教、キリスト教、仏教、イスラム教といった

    諸宗教を超えた全地球的な価値観をつくって、

    世界中に浸透させるということです。

     

    この価値観、文化が共通の言語の代わりになるのです。

    これをつくらない限り、

    どうしても世界はひとつにはならないのです。(中略)

     

    今、世界をひとつの価値観のもとに統合できるのは、

    幸福の科学の思想をおいて他にありません。

    我らはすべての統合を目指しています。

     

    すべての価値観を統合して共通の言語、共通の文化を築くこと、

    このようなすべての統合こそが、

    人びとが多様なるままにお互いを理解し、

    永遠の神に向かって向上してゆくための唯一の可能性なのです。


    私たちは、そのような大きな視野のもとに、

    今、戦いを開始しているのです。』
     

     

    これから始まる新しい文化革命は、

    「全地球的な価値観、

    すなわち仏法真理の価値観に基づく霊的文化であり、

    日本、東洋、西洋の文化の価値観を統合し、

    三千年の未来を見据えて

    後世に伝えるべき価値を含んだ文化を創っていく革命である」

    と感じます。

     

     

    ニュースター・プロダクション、HSU未来創造学部をはじめ、

    数多くの信仰心と情熱ある方々がこの文化革命に参画され、

    大きなうねりを起こして世の中の価値観を変えていくことを

    願っています。

     

     

     

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    創造の自由とスプーン一杯の貢献について

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      今日は、『ユートピア価値革命』の中から、

      創造の自由について探究してみたいと思います。

       

       

      『ユートピア価値革命』第1章「新時代の展望」には、

      次のように説かれています。

       

      「ユートピアの原点は、個人を超えたものへの熱き情熱です。」

       

      ユートピアの原点は、

      個人を超えたものへの熱き情熱と説かれています。

       

      個人の成功や幸福のみを追求し、

      自らの属する組織や日本の国に何らかの貢献をしたい

      という気持ちが起きてこないならば、

      ユートピアを語る資格がないのです。

       

      人類の歴史は、連綿と人々の智慧を集積して

      積み上げてきたものであり、

      その文明・文化を創ってきたのは、

      ほかならぬ私たちの過去世の姿でもあります。

       

       

      過去世界のために何らかの貢献をしたいと願い、

      努力した人々が積み上げてきたものの上に、

      私たちは今生きています。

       

       

      そうであるならば、

      今、私たちがなすべきことは、

      少しでも個人を超えた組織や日本の国や世界への愛のために、

      貢献していくこと、多くの人々を幸福にしたいという願いで

      熱き情熱をもって行動することではないでしょうか。

       

       

      「人間は、やはり、唯一の信念を持つべきなのです。

      それは、『普遍なるもの』

      『永遠なるもの』に奉仕せんとする願いです。」

       

       

      有限の寿命、時間を生きている人間であるけれども、

      霊的には永遠の生命を与えられています。

       

       

      そうであるならば、

      この世での数十年の人生のなかで

      自分の幸福を追求してただ朽ち果てるだけでなく、

      なにか後世に残るものを、永遠の理想、

      ユートピア創りに少しでも貢献しようと願い、

      自らの”創造の自由”を発揮して行動することが

      大事なのではないでしょうか。

       

       

      ”創造の自由”を発揮するためのポイントについて、

      3つ説かれています。

       

      【指針 曚泙鎖瓦里覆に素晴らしきものを創造せよ

       

      【指針◆朮耆澆簗祥斥澆鯲イ譟∩把召平瓦農犬よ

       

      【指針】自分の手を離れたものの成長を謙虚に喜べ

       

       

      創造の自由は、

      まず「心のなかにおいて、ある種の考えを形成する」と

      いうところから始まっていくべきであると説かれています。

       

      人類の文明文化を進歩させた偉大な発明も、

      まず個人の心に浮かんだアイデアとして、

      生まれているのです。

       

       

      心は磁石であり、心の創造作用を使えば、

      あらゆるものを引き寄せます。

       

      豊かにもなり、貧乏にもなり、心の力によって

      心に思っているものを引き寄せ、

      環境を変え、多くの人々の集合想念によって

      世界が変わっていくのです。

       

       

      よきアイデアとは、実は天上界のイデア、理念、

      無限の宝があって、

      その一部が自分にインスピレーションとして、

      恩寵として与えられたものでもある

      と説かれています。

       

      ”創造の自由”を真に発揮して貢献していくためには、

      天上界にある無限のアイデア、ユートピア創りのアイデアを

      この地上に降ろし、素直な心で、

      そのアイデアが自分の手を離れて成長したとしても、

      謙虚に喜ぶ心境が大事だということなのです。

       

       

       

      この3つのポイントを踏まえたうえで、

      多くの方々が自らの夢を描き、

      新時代をつくるために

      人類の歴史を貫く「愛の大河」に

      スプーン一杯の貢献をしていくことを、

      心から願っています。

       

       

       

      しかし、

      夢を描いて理想に燃えて頑張っていたとしても、

      現実とのギャップや劣等感に苦しみ、

      挫折を味わって傷ついている人も

      たくさんいらっしゃると思います。

       

       

      最後に、私が昔、夢に向かって歩みつつ、

      現実がうまくいかず苦しんでいた時、

      インスピレーションを受けて書いた詩を、

      皆さまにご紹介します。

       

       


      『友よ、健やかなれ』

       

       

      友よ
      昔語り合った夢が
      どれだけ青くとも


      夢を描き続けて
      歩み続けた友よ

       

      今の現実が
      どれほど苦しく

       

      遅々たる歩みに
      嘆こうとも

       

      夢は確かに
      地に降り

       

      荒れ果てた大地から
      芽吹いている

       

      時の早さと
      人生の短さに
      思い悩む友よ

       

      時がきたら
      花は一日で咲くのだ

       

      雨風や嵐に負けず
      日照りや雪に負けず

       

      青き色のまま
      伸びて行け

       

      現実という灰色は
      鮮やかな青には
      かなわない

       

      灰色に染まるな

      幹は確かに伸びている

       

      妥協という茶色は
      鮮やかな青には
      似合わない

       

      茶色を混ぜるな

       

      その青さこそ
      どんな環境にもめげず
      見事な花を咲かせる

       

      友よ
      健やかなれ

       

       

       

       

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      内なる価値基準に従う決意について

      0

        今日は、内なる価値基準に従う決意について

        探究してみたいと思います。

         

         

        『未来型人間とは』の最後には、

        『「外なる価値基準ではなく、

        内なる価値基準に従って生きよう」と決意すること、

        この決意の勇気こそが必要なのです』

        と説かれています。

         

         

        内なる価値基準に従う決意と一言で言っても、

        三次元に生きている私たちが、

        現代の常識や大組織のカルチャーに従うよりも、

        内なる価値基準に従って生きることは、

        実際には非常に勇気のいることだと思います。

         

         

        大川隆法総裁先生が最近説かれた『凡事徹底』講義のなかでは、

        質疑応答で、組織文化とセクショナリズムの弊害、

        その奥にある自己保身についても説かれておりました。

         

        内なる価値基準に従うことを躊躇させるものは、

        なんでしょうか。

         

        一つには、自己保身があると思います。

         

         

         

        『神理文明の流転』第3章 勇気の原理 

        の中に次のように説かれています。

         

        『すでに誘いの言葉があり、

        導きの光があってなお殻から出ないということは、

        いったいどういうことでしょうか。

        これは自己保存以上のことではないでしょうか。』

         

         

        今までのやり方でうまくいかなくなっている、

        発展が止まっている時には、

        やはりイノベーションしていくことが必要です。

         

         

        そんな時に、今までのやり方がこうだから、

        組織のカルチャーがこうだから

        といって殻にこもり、同じやり方を続けていると、

        結局は組織に貢献できず、どんどん行き詰まってしまいます。

         

         

        こういう時こそ、

        内なる価値基準に従い、

        「なぜなのか?」

        という自然の疑問をもって

        原点回帰することが必要ではないでしょうか。

         

         

        『凡事徹底』講義では、

        たとえ平社員であっても

        一職員であっても、全体の発展のために

        今何が必要かを考え続けることが大事であり、

        若くても、そういう全体を見て提言できる方が

        実は経営担当者なのだ

        そういう方が出てこない組織は絶対に傾くと説かれました。

         

         

        だからこそ、一人一人が自己保身という

        さなぎの殻を打ち破って自己変革し、

        自信をもって提言していくことが大切です。

         

         

        『けれども、いつまでたっても

        さなぎの殻のなかから抜け出てこない者がいます。

        私はそのような方に問いたいのです。

         

        まわりの者に殻を破ってもらわなければならないほど、

        自分というものに自信がないのか。

        外なる環境を不信の目でもって眺めるのか。

        そんなに羽を生やすということが怖いのか。

        そんなに空を飛ぶということが恐ろしいのか。

         

         真に値打ちのあるもの、

        真によろこびを伴うものを手に入れるためには、

        少なくとも経験において獲得するためには、

        殻を破って飛翔せねばならないということです。』

        (「勇気の原理」より)

         

         

        一人一人が信仰心を深め、内なる価値基準に従い、

        大川隆法総裁先生であればどう考えるかを考えて、

        光の使命をもう一歩進める決意こそ、

        今必要なのだと感じております。

         

        そうであってこそ、

        大きな組織でも打てば響く組織に

        イノベーションできるのだと思います。

         

        『「さなぎの殻を打ち破れ。そして羽化登仙せよ。

        さすれば、目の前には大空が広がっているであろう。

        その大空に飛び立ち、上昇気流に乗って、世界を眺めてみよ」。

        そう言っているのです。』(「勇気の原理」より)

         

         

        最近、経典『目覚めたる者となるためには』も

        発刊されましたが、

        主が海外巡錫を再開された今、

        主は私たち弟子に、

        「霊的に目覚めてほしい、そして霊的に目覚めた人々が、

        もっと自信をもって世界に羽ばたき、羽化登仙してほしい」

        と強く願われていると感じます。

         

         

        最後に、昔書いた自作の詩を一つ載せさせていただきます。

         

         

        『羽化登仙』

         

        若き葉を
        自由自在に
        這い回っていた
        あの日


        滴り落ちる水滴を
        浴びる悦びを
        密かに味わっていた
        あの頃

         

        僕は
        この世界を
        すべて感じ取れる
        つもりでいた

         

        だけど
        何度か葉っぱから
        滑り落ち
        敵に襲われ

         

        うまくいかない人生に
        ちっぽけな自分を
        噛み締めたとき

         

        ほんとは
        何も知らないんだって
        自分を責めた

         

        もっと広い視野を持ちたい
        もっと大きな世界に出たい


        もっと自分の命を
        何かのために生かしたい

         

        多くの仲間のために
        役立てたい

         

        だけど
        力が足りない

         

        そんな無力感のなか
        厳しい冬を耐え抜いて


        来る日も来る日も
        世界のことを考え続けた

         

        まだ見ぬ世界のことを
        まだ知らぬ
        仲間たちのことを

         

        僕の世界は
        緑の葉が生い茂る世界

         

        だけど
        神様はなぜ
        僕に生命を与えたのだろう

         

        神様はなぜ
        こんなちっぽけな僕を
        生んだのだろう

         

        来る日も来る日も
        考え続け
        やがて春が来た

         

        そして
        運命の日が訪れた

         

        大きな世界を見たいと
        願った切なる祈りは

         

        ついに
        僕の殻を突き破り
        僕の身体を変身させた

         

        広い視野を持ち
        多くの仲間のために
        尽くしたいと願った
        その切なる祈りは

         

        僕の背中から
        美しい羽となって現れ

         

        空高く美しく舞う
        蝶の歓びとなって

         

        広い世界で
        数多くの仲間を
        癒やし

         

        励ます使命を
        与えられた

         

        もう一片の悔いもない

         

        たとえ
        青虫の世界に
        もう戻れないとしても

         

        たとえ
        僕の命は
        儚く尽きるとしても
        広い世界を見たんだ

         

         

         

         

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        未来型人間と「自由の創設」について

        0

          今日もまた『ユートピア価値革命』から、未来型人間の探究をしてみたいと思います。

           


           

          『ユートピア価値革命』第5章「ユートピア価値革命」には、次のように説かれています。

           

          「ユートピア価値革命は単なる精神的活動ではない」

           

          「それは、ある意味で、この三次元世界における革命です。

          「真理の尺度に照らして価値なきものを、青龍刀でもって切り捨てる」という荒作業なのです。」

           

           

          ともすれば、私たちは心の王国を守り、

          心を磨くことを大事にするあまり、

          精神的な幸福さえあればよいという

          思いになってしまっているかもしれません。

           

           

          しかし、その仏教的な心の教えを土台としつつ、

          「この世とあの世をつらぬく幸福」、すなわちこの世においても

          真なる幸福の具体化をしていかなくてはなりません。

           

           

          宗教的な考えを持つ方が、この世でも成功していくには、

          やはり今、意識変革が必要な時だと思います。

           

           

           

          心の幸福を求め、同じ信仰を持つ人々と交流して

          幸福に暮らしていても、

          この国が誤った方向に向かっていたり、

          唯物論・無神論国家として隷属への道を

          進もうとしているならば、

          やはり、立ち上がらなくてはなりません。

           

           

          最近の心の指針で、

          「眠れるものは正義を知らず」という指針がありましたが、

          おとなしく隷属すれば、平和がやってくると思ってはいけない。

          と説かれています。

           

           

          やはり、智慧あるものは必ず正義に目覚める、

          とあるように、「神の正義」に目覚め、

          この世でも神の正義を実現するべく

          行動を開始しなくてはなりません。

           

           

           

          もう一段、私たちは、この世で真の幸福を実現するパワー、

          意志、具体的な実力を身につけて、

          中国の属国になろうとするような無神論者の勢力や、

          信教の自由を抑圧する勢力と戦わなくてはなりません。

           

           

           

          経典『信仰のすすめ』第4章 愛は風の如くには、

          ヘルメス神の考えが説かれています。

           

           

          「ヘルメスは、その無償の愛に基づいて、

          この世においてもユートピアをつくろうとしました。

           

          この世において理想の世界をつくろうとしました。

           

          この世の世界において発展を目指したのです。

           

          この世において諦めなかったのがヘルメスです。

           

          彼は、この世においても、

          調和ある世界をつくりたいと思ったのです。」

           

           

           

          この世における調和ある世界は、

          百田尚樹の「カエルの楽園」のように

          平和ボケしてできるものではありません。

           

          その意味で、私たち日本人は目覚めることが必要です。

           

           

           

          「ユートピア価値革命」には、次のように説かれています。

           

          「結局、真に自由なる人間が

          真に自由を発現する過程において、

          その人を縛っていた鎖や足枷が

          外されている過程でもあります。」

           

           

          「私たちの動きは、

          個人個人の単位を取ったならば、

          本来、自由なる人間が、

          立ち上がっていくプロセスでしょう」

           

           

          「本来あったものを、本来の姿として現すこと、

          それこそが自由にほかなりません。

          幸福の科学は、こういう大きな自由という理念の下に、

          今、新たな活動をしていかなくてはならないのです。」

           

           

           

          ユートピア価値革命とは、

          現在、幸福実現党で言われているところの

          「自由の創設」でもあり、

          この世の幸福の具体化のために、

          ユートピア創りを目指す活動でもある

          ということだと思います。

           

           

           

          だからこそ、幸福実現党は必要であり、

          日本の国を護り、国民の自由と繁栄を目指し、

          世界の宗教国家の対立にも提言できる

          見識をもっている政党として、

          多くの人々にもっと知って頂きたいと願っています。

           

           

           

           

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          未来型人間と「罪」の意識について

          0

            今日もまた、「ユートピア価値革命」から未来型人間の探究をしたいと思います。

             

             

             

            『ユートピア価値革命』第5章「ユートピア価値革命」には次のように説かれています。

             

             

            「今まで宗教的には罪と決められてきたこと、

            そして、罪を犯した結果、

            罰を受けるとされてきた事柄に対して、挑戦していく」

             

             

            「みなさんを一般的に縛っていたもの、

            そうした価値だけではなく、

            次には、神の手のもとに、みなさんの額に罪として刻まれた

            十字架を疑わねばならない時が来るのです。」

             

             

            前回、未来型人間とは、

            「心の縛り」を取り去り、「本来の自由」を発見し、

            自らの花を自然に咲かせることに専念する

            という心の持ち方、マインド・セットに変えること

            と述べました。

             

             

            ここではさらに過去の文明・文化が創ってきた縛りだけでなく、

            神から出て宗教の教えとして受け継がれてきた教えの縛りをも

            対象にしています。

             

             

            宗教的に「罪」とされてきたもの、

            例えばどのようなことでしょうか。

             

             

            キリスト教であれば、

            人間は原罪を背負っているものとされ、

            人間罪の子思想が根強くあります。

            そして、キリスト教徒以外の異教徒は

            地獄行きという教えもあります。

             

             

            イスラム教でも、

            いまだに自由恋愛したイスラム教国の王女が

            石打ちの刑にあったり、

            改宗したら死刑になったりします。

             

             

            キリスト教やイスラム教のような一神教だけでなく、

            仏教においても、お金や異性を

            罪悪視する意識はあるでしょう。

             

             

            何が言いたいかというと、

            このような過去の聖人たちが説かれた

            宗教の教えであっても、

            現代という時代に合わず、

            また現代の人々を真に幸福にしないならば、

            そのお仕着せの価値観、罪意識を

            今一度何故なのか考えてみる必要があるということです。

             

             

             

            そして、勇気をもって、こういう「罪の観念」

            と闘わねばならないということなのです。

             

             

            それぞれの宗教を信奉している方々にとっては、

            危険な考え方かもしれません。

             

            これこそ、触れてはならないタブーであり、

            教義に対する挑戦であるかもしれません。

             

             

             

            しかしながら、

            過去教えをといたキリスト教のイエス・キリストや

            イスラム教のムハンマドは、

            天上界の一なる神からの指導を受けて、

            その地域の人々を、真に幸福にするために

            教えを説かれたはずです。

             

             

             

            そして現代、世界中がつながっている世の中において、

            当時の時代の教えによって、宗教同士の紛争や

            近代化が遅れている部分、男尊女卑や

            「罪の意識」によって抑圧されている

            文化があるならば、

            それは人々を真に幸福にしているとはいえません。

             

             

            もし、今イエス・キリストやムハンマドが

            新しい教えを説かれたら、

            きっとその「罪の意識」や

            現代に合わない教えの部分は

            修正され、今人々を真に幸福にするための

            教えを説かれるのではないでしょうか。

             

             

             

            今、問題となっている宗教対立の原因は、

            「一神教」であるキリスト教とイスラム教の

            原理主義的な考え方が、発展を妨げ、

            異教徒を「神対悪魔」の戦いとみて

            他宗教を排斥し、

            「お互いを理解し合えないこと」

            だと思います。

             

             

             

            現代という地球規模での正義の価値観、

            すなわち何が正しいのかが

            分からなくなっている時代こそ、

            現代にあった地球規模で

            人々を幸福にする価値観が必要です。

             

             

             

            幸福の科学の教えを学ぶ私たちであるならば、

            人間は転生輪廻して、幾転生いろいろな国に

            生まれ変わっている存在であり、

            キリスト教国に生まれることもあれば、

            イスラム教国に生まれたり、仏教国に

            生まれることもあることを学んでいます。

             

             

            その霊的真実こそ、

            さまざまな国の人々が分かり合えるための

            一つの鍵ではないでしょうか。

             

             

            日本神道と仏教の国であり、

            東洋と西洋を融合した文化を持つ日本の人々が、

            宗教について学びを深め、

            世界の人々と宗教について

            深く理解しあえる日が来ることを願います。

             

             

             

             

             

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            『未来型人間』と『マインド・セットを変えよ』の共通点

            0

              今日も、引き続き

              未来型人間について探究してみたいと思います。

               

               

               

              経典『ユートピア価値革命』第4章「未来型人間とは」には、

              次のように説かれています。

               

               

              『ヘルメスの時代のギリシャでは、基本的思想として、

              「内在する自然の思いに忠実に生きていくことこそが善であり、

              その内在する自然の思いは、ギリシャの風土に

              象徴されるように、

              かくまでも美しく、かくまでも透明であり、

              それほどまでに人々を調和の思いに導くものである」

              と考えられていたのです。』

               

              そしてこの考え方は、

              人間を単なる「操り人形」から

              解き放とうとする考え方

              なのです。

               

               

              「当然」と考えられている価値基準は、

              その価値基準から外れた時に苦しみを生みます。

               

              「なぜ?」という問いを発することは、

              「青臭い、幼い、もっと大人になれ」と言われ続けて

              社会人を続けるうちに、考えることを

              やめてしまったのかもしれません。

               

               

              しかし、現代の社会通念や

              この世的「常識」といわれるものが、

              永い人類の歴史から見て、

              「当然」ということができるでしょうか。

               

               

              現代の戦後の日本の価値観や「常識」が、

              自分自身の考えを「縛っている」ということに

              気づくことが、本来の自己に目覚め、

              魂の力を湧出させることにつながると思うのです。

               

               

               

              また、『未来型人間とは』では次のように説かれています。

               

              『「自らを解放せよ」』

               

              『「人間は、本来、自由であるのに、

              至る所で鉄鎖につながれている」

              といった哲学者もいますが、「自由を知る」ということは、

              必然的に、「縛りを認めない。お仕着せの価値を認めない」

              ということなのです。』

               

               

               

              ここでいう「本来の自由」とは、

              『ダリアの球根にはダリアの花が咲き、

              桜の木には桜の花が咲き、アサガオの種をまけば

              アサガオが咲くように、ごく自然に、

              神が予定している美しき調和の姿を現す』

              ということだと説かれています。

               

              これが「自由の発見」と言われているのです。

               

               

               

              『自分のうちにある自由の芽というものを発見すること。

              それを伸ばし、他の人に咲くべき花を自らに咲かそうと

              するのではなく、自らの花を自然に咲かせること。』

               

               

              この出発点は、

              一つは「自分は縛られている」という現実を直視すること。

              もう一つは「自由の発見」だと説かれています。

               

               

               

               

              実は、この「未来型人間とは」で説かれている教えは、

              体得すれは1億円以上の価値があるといわれている

              「マインド・セットを変えよ」の教えと同じことを

              説いているのではないかと思うのです。

               

              『競争の世界から外に一歩出なさい。

              そして、自分のなかに

              「成功の種を見つけ出し、それを育てなさい」』

               

               

              『戦いの相手は存在するけれども、

              本当は存在しないも同然であって、

              じつは「自分一人の戦い」なのです。

              すなわち、自分だけの戦いのなかで、自分の本当の力を

              出すことだけに専念すればよいのです。』

               

               

              という教えは、

              他人との比較やこの世的価値観による競争の世界から外に出て、

              ダリアの球根にはダリアの花を咲かせるように、

              「心の縛り」を取り去り、「本来の自由」を発見し、

              自らの花を自然に咲かせることに専念せよ

              ということなのです。

               

               

              この「マインド・セット」に心を変えたとき、

              心の主力エンジンに火が点火されるのだと思います。

               

               

               

               

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              『心の透明感』と現代の『常識』について

              0

                今日は、前回の続きとして未来型人間を探究してみたいと思います。

                 

                 

                 

                経典「ユートピア価値革命」

                第4章「未来型人間とは」のなかで、

                『まだ、みなさんのあり方のなかに現れていないものとして、

                かつてのギリシャ的なるものがあるのです。』

                と説かれています。

                 

                 

                では、かつてのギリシャ的なるもの、とは何でしょうか?

                 

                一点目として、『心の透明感』が挙げられています。

                 

                 

                限りなく透き通っておりながら、

                深い色合いを持っているような人間の出現。

                 

                 

                自分の心を見つめてみたときに、どこまでの透明感があるか。

                どこまで透き通っているか。

                 

                これを点検しなさいと説かれています。

                 

                透明感がないと思う方へ、なにゆえに底が見えないのか、

                それを考える必要があります。

                 

                 

                 

                なぜ『心の透明感』がなくなってしまったのか。

                 

                それは、

                『あまりにも余計な価値観を身につけすぎた』ということ、

                すなわち人間が作り出した現在の常識を

                無条件に受け入れて身につけすぎている、

                ということなのです。

                 

                なぜ、なにゆえに、それが『常識』となっているのか。

                これを深く考えたことは私も含めてあまりないかもしれません。

                 

                 

                しかし、主エル・カンターレの説かれる仏法真理、

                霊的人生観に基づく価値観が明かされている今、

                この世的論理による『常識』というものは、

                人間の無限の可能性を押さえつけている『余計な価値観』

                であるかもしれません。

                 

                 

                すなわち、

                心の透明度とは、

                『まず、自らの心の生地、この純粋なるものから

                発するものを信ずる』ということ。

                 

                ここから出発しなければならない、と説かれています。

                 

                 

                 

                『常識』として教育のなかで

                与えられてきたものを中心に判断するのではなく、

                自分自身の自然なる姿に照らして、

                どのような生き方が不自然であり押し付けであり、

                この世的価値観であり余計な価値観なのか。

                これを考えてみるということです。

                 

                 

                要するに、この世的価値観や

                『常識』と言われているもので判断しているのか、

                それとも、自分の内面の真心から

                純粋に素直に出てきた判断であるのか、

                これを点検するということなのです。

                 

                 

                「自らが思いを起こし、行動を起こす際に、その思いと行動は、自らに本来備わっている源から

                純粋に出ているものであるかどうかを確認せよ」

                 

                 

                これができるかどうかが、未来型人間になれるかどうかの一つの分かれ目だと思います。

                 

                 

                宗教修行、信仰生活をして仏法真理を

                学んでいる私たちであっても、

                この世の『常識』や『価値観』、

                そして現代に力をもっている国家、マスコミ等と

                ぶつかることは数多くあります。

                 

                そのような時、この世的価値観や『常識』、

                この世的権力に負けてしまっては、

                魂の力は出てこないのです。

                 

                 

                 

                この世の常識や現代の社会構造がこうであるから、

                今までずっとこのような教育を受けてきたから、

                親がこのようにいうからという理由で

                この世の『常識』に

                負けてしまってはなりません。

                 

                 

                 

                なぜ、なにゆえに宗教団体が母体である幸福実現党が

                このような理不尽な弾圧を受けなければならないのか。

                 

                これが永田町の論理だから、マスコミの常識だから、

                という理由をうのみにすることができるでしょうか。

                 

                 

                 

                例えば、幕末に活動した維新の志士たちは、

                それまで300年近く続いた江戸幕府の常識をうのみにせず、

                自らの内なる純粋な価値観に従って命がけで行動したからこそ、

                成し遂げられたのです。

                 

                 

                江戸幕府の将軍に逆らって、また藩の殿様に逆らって、

                脱藩する、また新しい時代を開くための

                活動をするということは、

                当時の常識にとっては本当に犯罪でもあり、

                国家を扇動する不穏分子とみられていたことでしょう。

                 

                 

                それをものともせず、自らの内なる価値基準に従って

                命がけで行動した方々がいたからこそ、

                明治維新は成し遂げられたのです。

                 

                 

                今の日本で、新しい時代を切り拓くためには、

                現在の常識をうのみにせず、

                勇気をもって内なる価値基準に従う決意が

                必要です。

                 

                 

                 

                今、日本のみならず世界を救うための

                新たな教えが説かれています。

                 

                現在の日本の常識的考えと行動では

                日本と世界を救えないなら、

                やはり精神的脱藩して新たな価値基準に従う

                勇気が求められているのです。

                 

                 

                このことを肝に銘じて、内なる価値基準に従って

                行動していきたいと思います。

                 

                 

                 

                 

                 

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                未来型人間と未来都市東京

                0

                  今日は少し幸福の科学の会員のみなさま向けの内容となっています。

                   

                  最近個人的に気になっているのが、「未来型人間」という言葉です。

                   

                  1.未来都市東京

                   


                   

                   

                  昔からの会員の方は、90年代によく学ばれたと思いますが、

                  あのころ大川隆法総裁が説かれた「未来型人間」という教えは、

                  今まさに必要な教えであると感じています。

                   

                  リオオリンピックの閉会式での日本の演出を観た時に、

                  「2020年は未来都市東京だ!」という感覚が

                  脳裏によぎりました。

                   

                  何かブレードランナーの映画を観ているときのような

                  未来都市のイメージと、

                  「日本は文化大国になる」という

                  未来への希望が湧いてきました。

                   

                  あの演出は個人的には好きで、

                  日本の洗練された未来文化のイメージは、

                  欧米から見ても好意的に

                  受け止められたのではないかと思います。

                   

                  未来都市、東京。

                   

                  2020年東京オリンピックを機縁として、

                  再び日本人が力を合わせて

                  未来都市東京を目指していくには、

                  何が必要でしょうか。

                   

                  もちろん、政治的には

                  七海さんの言われるような聖都東京の政策が

                  必要でしょう。

                   

                  では、私たち一人一人に必要なものは何か。

                   

                  それは、

                  未来への希望

                  だと思うのです。

                   

                  中国や北朝鮮、韓国からの脅威に晒されながら、

                  日本の国を憂う私たちには、

                  希望の未来を描く力が必要です。

                   

                   

                  2.未来社会の原型は、永遠のギリシャにある

                   

                  希望の未来を描くという意味で、

                  どのような未来を描けばよいか。

                   

                  経典『ユートピア価値革命』第4章「未来型人間とは」には、

                  次のように説かれています。

                   

                  『私は、あえて挙げるとするならば、

                  「来るべき未来社会のなかで、みなさんが未来型人間として

                  生きていく、その原型は、永遠のギリシャにある」と

                  述べておきたいと思います。』

                   

                  これから創るべき未来社会の原型は、永遠のギリシャにある

                  と言われているのです。

                   

                  永年のギリシャであるヘルメスの時代に生まれた方々は、

                  転生してインドに大量に生まれ、その後現代の日本に

                  大量に生まれていると説かれています。

                   

                  この永遠のギリシャの時代の息吹を、

                  現代の日本に甦らせよ、ということではないでしょうか。

                   

                   

                  また未来型人間についてこのように説かれています。

                   

                  『これからの時代に必要とされる人間像は、

                  仏陀とヘルメスを融合した姿である」ということです。

                  これが一つの理想像としてあり、

                  この姿に人々は続いていくことになります。』

                   

                   

                  自分自身の今世の人生を振り返ってみても、

                  過去世の魂の兄弟の性格が

                  今世の人生に現れるといわれるように、

                  人生のなかで内向的な性格が強く出ている時期があり、

                  また外交的な面が強く出ている時期もありました。

                   

                  皆さんにも、そういう時期はおありだと思います。

                   

                  この経典で説かれているように、

                  仏法真理を学んで心の修行をした私たちは、

                  仏教的生き方をスタート点としながら、

                  それにヘルメス的生き方を上乗せしていきなさいと

                  言われているわけです。

                   

                  さらに次のように説かれています。

                   

                  『まだ、みなさんのあり方のなかに

                  現れていないものとして、

                  かつてのギリシャ的なるものがあるのです。

                  それを、自らの内に発見し、

                  自らの外に実現しなくてはなりません。』

                   

                  『これからの時代を生きていく人間は、

                  少なくとも仏陀の時代から

                  ヘルメスの時代へと移っていくのです。』

                   

                  まだ、本格的に表れていないものとして、

                  内在する叡智の発露としてのギリシャ的なるものがあり、

                  私たちには、

                  永遠のギリシャの繁栄をこの日本に

                  よみがえらせる使命があると言われているのです。

                   

                   

                  未来への希望を描いて、

                  世界に誇れる未来都市東京を実現していきたいものですね。

                   

                   

                   

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                  文化創りの阻害要因とは?

                  0
                    今日は、文化創りの阻害要因について、探究してみたいと思います。

                    天御中主神の霊言の中に、次のように説かれております。

                    「文化というものは、結局、魂の豊かさを意味する。魂を豊かならしめるもの、そうした人間的産物、業績、生産物、これを文化と呼ぶのだ。すなわち、魂を豊かにするために人々が編み出した工夫、これを文化というのだ。人々の智慧の集大成をもって文化というのだ。さすれば、文化を高めるために、人々は、もっともっと励まねばならないと思う。」(『大川隆法霊言全集』第36巻 天御中主神の霊言より)

                    文化というものは、魂を豊かにするために人々が編み出した工夫であり、
                    人々の智慧の集大成が文化である
                    、ということなのです。

                    では、智慧とは何でしょうか。

                    本年2015年は『智慧の法』の年であり、
                    今年のキーワードは『智慧』です。

                    その『智慧の法』には、
                    「この世の知識を超えた「人類普遍の真理」を得ることこそ、あなたがたがこの世に生きている理由なのです。それこそが、「智慧」ということなのです。」
                    と説かれています。

                    科学万能主義と唯物論に染まった現代のこの世的知識は、
                    真実の智慧ではありません。

                    現代社会で最高度の知識を得ている知識人と言われる方々も、
                    霊的世界観を知らず、なぜ生まれてきたのか、人生の意味等を知らなければ、
                    人間として一番大事なことを忘れ去っている人々であり、
                    科学万能主義と唯物論の迷妄を信じている人々が
                    最高の知識人であるはずがありません。

                    真実の智慧とは、
                    この世の知識を超えた「人類普遍の真理」を得ることであり、
                    この智慧を得る事こそが私たちがこの世に生まれて生きている理由
                    だということなのです。

                    人々の智慧の集積が文化であるということですが、
                    文化づくりの阻害要因について次のように説かれております。

                    「この「文化を高める」ということに関して、いま一つ阻害要因となっておるものが貨幣経済であろうと私は思う。」

                    文化を高めるための阻害要因として、貨幣経済を挙げられております。

                    「人間は、地上に、智慧ある者となるために生まれてきておるのである。みずからの生み出した智慧によって、より多くの人々を潤し、より多くの人々を豊かにし、より多くの人々を幸せにするために生まれてきておるのである。「利潤の追求と、その公平分配」ということが、人間本来の使命であるはずはないのである。」(『大川隆法霊言全集』第36巻 天御中主神の霊言より)

                    現在の貨幣経済は株式会社等を中心に発展してきましたが、
                    その株式会社、営利組織の目的は基本的に「利潤の追求」にあります。

                    そして人間の目的は、魂修行であり、
                    人生経験を通して固有の智慧を得るために生まれてきております。

                    この貨幣経済の中心である株式会社の目的が、
                    人間の本来の目的と違うのではないかということなのです。

                    もっといえば、
                    「利潤の追求とその公平分配」という株式会社の目的が、
                    自ら生み出した智慧によってより多くの人々を潤し、豊かにし、幸せにする
                    という人間本来の目的を阻害している、ということなのです。

                    株式会社の「利潤の追求」とは、本来手段であるべきではないでしょうか。

                    株式会社の目的には、もっと理想を掲げるべきではないでしょうか。

                    「なぜ、その目的の高貴さを競おうとせんのか。なぜ、その精神の高邁さを競おうとせんのか。なぜ、利潤の額だけを競おうとするのか。こうしたことのなかに、われは大いなる不満を感ずるものである。
                    会社というもののなかにおいて、人々は、その生涯の大半を送ってゆくのである。ならばこそ、その会社の活動方針において、文化の香りを高く掲げよ。そうでなければ、人間に、ほんとうの帰属意識というものは生まれない。より高次なるものに奉仕するのが魂の目的であるのだ。これを知らねばならんと思う。」(『大川隆法霊言全集』第36巻 天御中主神の霊言より)


                    ゆえに、文化の高みを創るためには、
                    「利潤の追求」という株式会社の目的の上位概念として、
                    経営理念のなかに文化の香りがするような高邁な理想を掲げ、
                    多くの人々を潤し、豊かにし、幸せにする理念をつくること。


                    このような会社が数多く生まれることで、
                    人々の努力の結晶から智慧が生まれ、
                    文化の高みが創られるのではないかと感じます。


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                    大川 隆法
                    コメント:あなたの人生が劇的に変わります。


                    新しい文化が生まれる必然性について

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                      今日は、新しい文化が生まれる必然性について、探究してみたいと思います。

                      大川隆法総裁は、『フランクリー・スピーキング』のなかで、次のように説かれております。

                      『ギリシャから興って西に回った文明がアメリカへ渡って、日本に来た。また、東洋の文明も、インドから始まって中国に渡り、韓国を通って日本に来た。この洋の東西の文明が、今、日本というところに流れ込んで来ているのです。この歴史の流れを見ますと、ここに、新しい大きな文明なり文化なりが生まれる歴史的な必然性があると私は思います。そして日本に生まれた文化、文明というものが、過去の文明が日本に流れ込んできたように、もともと歴史的に先輩であったところに逆流出する時代がこれから来る。これが、何千年単位で歴史を見たときに見える見取り図です。』(『フランクリー・スピーキング』第2章)

                      日本という国は、歴史上でもまれに見る文化の融合を遂げた国であり、100年以上前に起こった明治維新も、黒船来航からわずか15年で日本の国を治めていた江戸幕府が崩壊しました。

                      そして、江戸城無血開城、大政奉還という象徴的事件によって、奇跡的に国力を著しく損なわず、欧米列強の侵略の隙を与えずに明治政府が起こり、開国とともに西洋文化を吸収し、和魂洋才と言われる知識人を数多く輩出しました。

                      江戸幕府の300年に渡る鎖国によって、東洋文化の中でも日本独自の文化を創りましたが、西洋文明の進歩からは取り残された状態であったにも関わらず、明治維新後の日本人の驚異的な努力によって、少なくとも欧米列強に植民地化されない独立国家として、日清・日露戦争に勝ち、文化レベルを押し上げました。

                      ここに到る歴史において、この奇跡的な戦争の勝利も含めて、天上界の神々、日本神道の神々や世界規模で文明を計画されている神の意志が働いている、という視点で見てみると、見えてくるものがあると思います。

                      もちろん、そうであるならば第2次世界大戦時、太平洋戦争で日本はなぜ負けたのかという意見もあるでしょう。

                      それは、幸福の科学的視点で考えれば、
                      欧米のアングロサクソン系の神々と、日本神道の神々の戦いでもあり、
                      欧米列強の植民地支配からのアジアの国々の開放と、アジアの盟主を目指す戦争でもあったということでした。

                      しかし、欧米、アメリカの技術力・国力と日本の国力の格差、そして思想において短期決戦型で補給を重視しなかった戦略上の欠点、人材登用における誤り等により、戦況は長引くほど悪くなり、2度の原爆で日本は負けてしまいました。

                      ここにおいて戦後日本人の挫折感は、GHQによる暫定憲法による戦争放棄、天皇陛下を神として戦った神国日本、日本神道による精神性を否定し、自虐的で神々の加護を信じない国民が増える結果となりました。

                      さらに輪をかけてマルクスの説いた共産主義が世界を席巻し、ソ連とアメリカの冷戦時には共産主義を理想とする人々が安保反対の学生運動を起こし、結果的に日米安保は守られましたがその時代に共産主義やマルクス経済学を学んだ人々が今の日本の中枢にはたくさんおります。

                      現在の日本の状況は、戦後の敗戦ショックから引きずってきた自虐史観と唯物思想、そして自分の身が守られればそれでいいとする、唯物論と快楽主義が形を変えた平和主義が根付いているのです。

                      2015年は、戦後70周年にあたります。

                      戦後日本の総決算を行うべき年であり、
                      中国や韓国等による、南京大虐殺、従軍慰安婦問題等の歴史捏造による誤解を払拭し、
                      日本が再び誇りを取り戻し、日本は神々が指導している「神の国」であると言える人々を数多く創らなければなりません。

                      そのためには、自分の国さえ良ければよいという価値観、
                      自分の身の安全、幸福さえ保証されればよいという考え方であってはなりません。

                      左翼思想と快楽主義が合体した平和主義という自己中心的な価値観を、
                      霊的人生観や日本人として生まれた意味を伝え続けることによって、
                      世界のリーダーとしての日本、そして日本という国を支える誇り高き日本人に変えていかなくてはなりません。


                      フランクリー・スピーキングのなかで、次のように説かれています。

                      『実在世界から見た場合にもまったく同じで、国が興隆するときには、そういう使命のある素晴らしい方がたを数多く地上に降ろしていって、ぐーっと高みをつくるのです。そして、そこでできた高みが、また後代に文化として残っていって、次の時代に受け継がれていく。こういうことをやっているのです。』(『フランクリー・スピーキング』第2章)

                      日本は神々が指導する国であり、東洋の文化と西洋の文化が流れ込んだこの日本という国に、
                      使命を持つ人々が力を合わせて新しい文化の高みを創ることで、
                      その文化の高みが世界に広がり、次の時代に受け継がれていく。


                      この世界観を持つことが、誇り高き日本人になることでもあると感じます。

                      また、大川隆法総裁は、『智慧の法』のなかで次のように説かれております。

                      『人間が成功するのは、その人の才能が一流であるからだけではありません。歴史上、成功した数多くの人々は、才能においては一流ではなかった人々です。才能において一流ではなかったけれども、忍耐を重ね、努力・精進を忘れなかった人々が、次々と困難を乗り越えて、人類史に偉大な一歩を築いてきたのです。』(『智慧の法』第1章)

                      新しい文明・文化を創るのは、才能が一流の人だけではありません。
                      新しい歴史を創り、新しい時代を切り拓くのは、
                      才能では一流ではなくとも、忍耐を重ね、努力・精進を忘れず、志を持ちづつける人だと思います。

                      数多くの人々と共に、新しい時代を切り拓くために
                      努力精進を重ねていきたいと心から願っています。

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                      大川 隆法
                      コメント:渡部昇一先生との対談、文化大国への道を言及されているところは必読です。


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