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「左翼史観」と「英雄史観」について

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    今日は、「左翼史観」と「英雄史観」について

    探究してみたいと思います。

     

     

    歴史を語るうえで、外せないのが司馬遼太郎だと思います。

     

    大川隆法総裁は、

    経典『司馬遼太郎なら、この国の未来をどう見るか』のなかで、

    司馬さんのことをこのように説かれています。

     

    「司馬遼太郎は、戦後日本の左翼史観にペン一本で英雄史観を

    ひっさげて立ち向かった人だった。それは、幸福の科学の、

    光の天使たちが歴史を創り変えているという考えとも合致している。」(まえがきより)

     

    「司馬さんの功績としては、

    『英雄史観によって、左翼史観と戦う勇気を与えてくれた』

    ということが大きいと思います。(中略)

    私は、『英雄史観が入ることによって、神の世界が近づいた』

    と考えています。」

     

     

    2016年は『革命の年』といわれ、

    アメリカ大統領選でトランプ大統領が誕生し、

    日本人は自分の国は自分で護れというスタンスであることから、

    日本の国は重大な岐路に立たされています。

     

     

    一方で、

    中国共産党率いる中国は、一党独裁の軍事国家であり、

    近隣諸国への侵略意図をもっている唯物論、共産主義国家です。

     

     

    日本の共産党をはじめ、

    暴力革命を肯定する共産主義を信奉する人々、

    沖縄での左翼運動をはじめ、

    戦争反対、環境保護、平和主義を唱えながら

    結果的に中国を利する方向になっている左翼思想の方々も

    数多くいます。

     

     

    では、そうした方々を数多く輩出した

    戦後日本の教育の中心であった「左翼史観」とは何でしょうか。

     

     

    大川隆法総裁は、『左翼史観』について、次のように説かれています。

     

    「『英雄』なるものは存在しない。

    『神仏の代理人』のような高級な人間は存在しない。

     

    みな同じく、ただの労働者であり、ただの人間なのだ。

    たまたま時代環境が変わったために、そういう人たちが英雄に見えただけだ。

     

    戦争の時代になったら、戦に強い人が出てくるのは当たり前ではないか。

    戦争がなければ、そういう人だって、ただの凡人で終わっているはずだ。

    だから、人によるのではなく、環境によるのだ」

     

    という考え方を左翼史観というのです。

     

     

    「特に「左翼史観」を持っている人たちは、

    人間の結果平等を求める傾向があるので、

    歴史上の英雄を否定していく傾向があります。

     

    個人としての成功、つまり、

    「英雄としての資質が開花して、大きな事業を成し遂げた」

    という考え方は、どちらかといえば、

    「英雄史観」であり“スーパーマン志向”

    でもありますし、保守や右翼系の思考に馴染む傾向があります。

     

     左翼のほうは、そういう人間を“すり潰し”て、

    みな、同じに見る傾向があるため、

    「時代の流れや背景によって、たまたま英雄が出てこられるのだ」とか、

    「大勢の力によって、そうなったのだ」とか考えます。」

    (『幸福の心理学』講義より)

     

     

     

    一言でいうと、左翼史観は「凡人史観」であり、

    「自分に引き寄せて物事や人を見る人には、そのように見える」ということです。

     

     

    そうした「偉人や英雄を否定する心」は、

    やはり、「神や仏を否定する心」に完全につながっていくもの

    なのです。

     

     

    それに対して、幸福の科学の「歴史観」について、

    『大川隆法名言集 大川隆法猗展の概念疇門』の中で

    次のように説かれています。

     

     

     「『黄金の法』に代表されるような

    「幸福の科学」の「歴史観」は、こういったものです。
     

     「この“地球”には、マクロの視点での文明計画を司っている方々がいらっしゃる。

    天上界における“高級諸霊”と言われる方々である。

    彼らは、地上の文明がより『幸福』という方向性に向かうように、計画を立てる。

    そして、ある時代のある地に、時には誰かを送り込み、

    時には自ら生まれ、人類の指導者となる。

     

    このようにして、『この世』を『幸福』という方向性に導くために、発展させてきたのだ」
     こうした前提を持つ「幸福の科学」は、“英雄史観”を非常に大切にしています。」

     

     

    一言でいえば、

    至高神による神のマネジメントがあり、

    光の天使、すなわち”英雄”たちが

    人々を導いてきたということなのです。

     

    「歴史上、神仏の意を体した人たちが出てきて、

    さまざまな時代・地域において国づくりをしてきた」

    という考えが、「英雄史観」です。

     

     

    邪悪なるものを想定して戦おうとすることは、

    ファシズムではなく、

    「民主主義の基本的な正義」です。

     

    民衆を護り、平和を護るヒーローは独裁者ではなく、

    英雄です。

     

    「アジアの人々のために命懸けで戦うこと」は、

    侵略ではなく、神の正義を実現するための抑止力です。

     

     

    戦後教育が左翼史観だったために、

    戦争反対、環境保護で平和に暮らしたいと

    考えている方々の多くは、

    本当に善良な方々だと思います。

     

    ただ、その思想が唯物論であり、

    神仏を否定する考え方であり、

    幸福になりたいと願っていても幸福になれない

    考え方であるために、

    どうかもう一度考えてみていただきたいのです。

     

     

    学校で受けた歴史教育は果たして正しかったのか。

    自虐史観的な考え方は、日本国民を幸福にするだろうか。

     

    どちらの考え方が、現在の日本を護り、人々を奮い立たせ、

    この日本をふたたび繁栄に導くことができるか。

     

     

    これを深く考え抜いたときに、

    日本の未来に光が灯るのだと感じます。

     

     

     

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    日本の誇りと武士道精神

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      今日は、日本の誇りについて書きたいと思います。

       

       

       

      先日のアメリカ大統領選で、共和党トランプ氏が

      大多数のヒラリー支持マスコミの世論や既得権益を持つ資本家、

      団体からの相当な逆風のなか、逆転勝利しました。

       

       

      これは、日本にとっては

      大変喜ぶべきことであると思います。

       

      なぜなら、トランプ大統領は

      日本の自主独立、自主防衛を主張しているからです。

       

       

      それに対してヒラリーは、

      オバマ路線を踏襲し、今までよりも

      中国寄りになる可能性が高かったのです。

      (ビル・クリントン時代にはジャパン・パッシングが行われた)

       

       

      そして、世界の警察官から撤退する一方、

      日米安保の核の傘で日本を護るとしつつ、

      日本の軍国主義化を防ぐための在日米軍

      (瓶のふた理論)でもありました。

       

       

      日本の真の自主独立と防衛をさせないようにしているのは、

      他ならぬアメリカでもあったのです。

       

       

      大川隆法総裁は、

      今年1月からトランプ大統領の当選を予言していました。

       

      トランプ氏は正直で信頼できる人物であると言及され、

      彼には世界の問題を解決する力がある、

      新たにアメリカを再建してくれる、

      と指摘していました。

       

       

      日本のマスコミも、

      トランプの過激な暴言ばかりを報道してきましたが、

      トランプの真実の姿を報道しなければ、

      アメリカと同じ轍を踏むことになりかねません。

       

       

      「自分の国を自分で護れるか」

      「中国の軍事拡張からアジアの同胞を護り、平和を保てるか」

       

      これは、トランプ大統領となって

      日本に突きつけられた、国の命運をかけた問題でもあり、

      戦後70年の清算として国の在り方を問う大事件でもあります。

       

       

      中国という軍事国家による侵略で

      アジアが脅威にさらされている今、

      日本が自分の国を自分で護れず、

      アジアの友好国の支援もできず、

      他国からの軍事的支援も期待できず、

      アメリカは日本を本気で護ろうとしないのであれば、

      日本は属国化するしか道がありません。

       

       

      日本が自分の国を自分で護る真の独立国家となるためには、

      国内の唯物論、左翼教育による自虐史観を改め、

      日本の誇りと自信を取り戻さなくてはなりません。

       

       

      歴史学者のトインビーという方は、

      「12,3歳までに民族の神話を学ばなかった民族は、

      例外なく滅んでいる」

      と言っています。

       

      神話をないがしろにした国家は、底が浅く、

      民族の誇りを失わせるものがあるのです。

       

       

      戦後の唯物論、左翼教育によって、

      日本の神話はほとんど学ばれなくなりましたが、

      実は、日本は現存する世界の国家のなかで、

      ある意味では「最古の国家」であり、

      天照大神の子孫である天皇が統べられる統一国家として

      少なくとも二千年以上の歴史を持っている国です。

       

      そして、天照大神をはじめとする日本の神々が統べる国として、

      神へと向かう信仰心と愛国心でまとまった祭政一致の国でした。

       

       

      かつて黄金の国ジパングといわれ、

      16世紀には当時世界最大といわれた

      戦国時代の関ヶ原の戦いがあり、

      春夏秋冬の四季のなかで日本独自の文化や芸術が花開き、

      侍による武士道や、調和を重んじる和の心、

      国のために、多くの人々を護るために、

      命を捧げる潔さがありました。

       

       

      今こそ、日本人として、

      日本の誇りと自信、

      武士道精神と和の心を

      取り戻さなくてはなりません。

       

      最後に、以前書いた詩を紹介いたします。

       

       

       

      『大和の誇り』

       

      日の本の国の
      誇るべきは
      和の心なり

       

      世を遍く照らす
      太陽のごとき慈愛

       

      大和魂は侍なり

       

      大義のために死する覚悟
      国を護る気魄なり

       

      静のなかに動あり
      動のなかに静あり

       

      静けさのなかに
      時が四季を奏で

      流れる水の音に
      静寂が時を止める

       

      諸行無常の美なり

       

      大和の誇りを取り戻せ

       

      日の本の国より
      ふたたび太陽が昇らん


       

       

       

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      歴史を学ぶ意味2: 歴史ドラマの効用

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        今日は、歴史を学ぶ意味2として、歴史ドラマの効用について探究してみたいと思います。


        私は最近「燃ゆる呉越」というドラマを観ています。

        きっかけは、孫子の兵法を書いた孫武がいた時代の歴史を
        学びたいということから「孫子兵法」というドラマを観ましたが、
        このドラマの最後の続きから始まるドラマだったので
        見始めました。

        「孫子兵法」は呉の孫武を主人公にしたドラマでしたが、
        「燃ゆる呉越」は敵国の越の王、勾践を主人公にしています。

        この話をすると歴史ドラマバカと言われそうですが、
        私はよく歴史ドラマを観ると、
        その逆の視点から描かれたドラマがあったら
        見るようにしています。

        たとえば、「三国志」は主に三国志演義を題材とし、
        劉備玄徳側から描かれた物語でありますが、
        あえて「曹操」というドラマをみて相手側の視点から
        描くとどうなるのかということを学んで、
        総合的に学ぼうとしています。

        ドラマは面白く描かれているので最初のきっかけにはいいのですが、
        かなり着色されている部分があるので、その部分を差し引いて
        学ぶことが必要です。

        たとえば映画「レッドクリフ」などは曹操が周瑜の妻、小喬を
        我が物にしたいために戦争する、などという極端な描き方をされているので、
        これだけ観るとどんな極悪人かというイメージになってしまいます。

        しかし、「曹操」というドラマで曹操側からの視点も学ぶと、
        どの国の視点からも観て客観的に三国志の時代を理解し、
        その人物像や世界観を感じ取る力が高まります。

        そのなかで史実や文献で興味があった人物や歴史事件を調べながら、
        ドラマを観ていくことで、その時代の理解が深まっていくと感じています。

        話を戻しますが、
        「燃ゆる呉越」の越王・勾践は、「臥薪嘗胆」という故事のモデルになった方です。


        「臥薪嘗胆」は復讐のために耐え忍ぶこと、
        また、成功するために苦労に耐えるという意味。

        呉王・夫差に戦で破れて奴隷となった越王・
        勾践が
        許されて国に帰った後も、苦い胆(きも)をなめてその屈辱を忘れないようにし、
        富国強兵に努めて最後には呉王・夫差を破ったというのが史実です。


        私がこの越王・勾践に興味を持った理由は、
        普通の君主であれば戦に敗れて降伏するのはプライドが許さず自害するか、
        降伏しても奴隷として耐え忍ぶには耐えきれないのにもかかわらず、
        その屈辱に耐えしのび、そして最後には呉を滅ぼしたというこの精神に
        非凡なものを感じたからです。

        ・・書き出すとどんどんマニアックな話になってしまいますが、
        ここでお伝えしたいポイントとしては、

        ・歴史はいろんな視点から学んでみる
        ・興味を持った人物の考え方や生き様を学ぶ


        これを心掛けることで、過去の偉人や人物の精神や考え方から
        人を見抜く眼や成功失敗の教訓、大きく言えば人間学を学ぶことができます。


        そして、前回もお伝えしましたが、
        幸福の科学の教えを基にした転生輪廻の思想を考えるならば、
        もしかしたら自分もこの時代にいたかもしれない、とか、
        もしかしたらこの時代の人物が現代に生まれ変わっているかもしれない
        と考えると、より面白く歴史を学ぶことができると思います。


        幸福の科学で説かれる永遠の生命の意味は、
        幾転生の人生の教訓をつかみ取り、魂を向上させることであり、
        この地上をより素晴らしい世界にしていくことです。



        であるならば、生まれ変わるごとに過去世の記憶を失くすとしても、
        過去の歴史の叡智を学び、自分自身の魂を見つめることで、
        幾転生学んできた智慧を汲みだすことができるかもしれません。


        まとまりのない文章になってしまいましたが、
        今日はこのへんで。



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        コメント:孫子の兵法の著者、孫武の生涯が描かれる。


        歴史を学ぶ意味について

        0
          今日は、歴史を学ぶ意味について探究してみたいと思います。

          大川隆法総裁の『経営入門』第2章には、
          出世の条件の第一として、「とにもかくにも働くこと」
          第二の条件として、「有用な人間、有益な人間になること」
          とあります。


          そして、出世の第三の条件は
          「他の人の力を使う」ということですが、
          「管理能力を身につけるには、人が見えること、
          その人の長所と短所、適材適所かどうかが見えることが基礎である」

          と書かれています。


          組織で管理職などに出世していくための
          管理能力の基礎としては
          人の長所短所、適材適所が見えることが必要であり、
          人が見えるためには、「人間学の研究」が不可欠である

          ということなのです。


          『経営入門』第2章では、
          人間学研究の3つの方法として、
          1.経験によって学んでいく
          2.人生の師から学ぶ
          3.読書によって学ぶ

          ことが大切だと説かれております。


          その中の、
          3.読書によって学ぶ方法として、

           稘禅> ・・成功論として読む
          ◆穃鮖吠>・・過去の歴史から「自分」の生き方を学ぶ
          <宗教書>・・「人の心」を知り、「人間の本質」を知る

          ということが説かれているのです。



          前置きが長くなりましたが、
          過去の歴史から今の「自分」の生き方を学ぶことこそ、
          歴史を学ぶ意味である
          と考えます。


          「歴史は繰り返す」という言葉もありますが、
          幸福の科学では転生輪廻の真実が明かされており、
          過去に生きて時代を創ってきたのもまた私たちの過去世の姿でもあります。


          そしてどのような環境や国、組織のなかで
          人はどのような考え方、判断、そして成功と失敗をするのか、
          これを研究することは、どのような時代でも共通する「人間の本質」や
          成功、失敗の教訓を学ぶことにつながります。


          私が考える、歴史を学ぶ効用と思われる第1のポイントは、
          どのようなタイプの人物が、どのような考え方をするのか、
          「人間の本質」を学ぶことができるということ
          です。


          私はかなり歴史が好きで趣味で学んでいるのですが、
          個人的にお勧めなのが歴史ドラマです。


          「三国志」「項羽と劉邦」「坂の上の雲」など
          小説でなかなか手がつかない方には、
          ドラマで学ぶことでその時代の空気感や
          登場人物の考え方、成功や失敗などが感覚として学べるので
          よく見ています。


          まずは関心のある時代や国の歴史から学んでいって、
          歴史ドラマなどあれば借りてきてみることで、
          その時代に感情移入していきます。


          これをすると何がよいかというと、
          歴史を学ぶ効用と考える第2のポイントとして、
          過去の歴史のその時代の視点から、現代日本の自分が見えるということです。


          過去幾転生、生まれ変わってきた私たちは、
          その魂の経験と教訓を掴んできているはずですが、
          表面意識では忘れ去っていることが多いと思います。


          幕末の時代から、三国志の時代から現代の自分を観てどう思うか。
          第二次大戦当時の時代から現在の自分を観てどう思うか。


          こういうことを考えていると、
          現代の日本の常識や政治の在り方、諸外国との関係など、
          当然と思ってきたものがすべて当然ではないことが分かります。


          そして、日本の繁栄のためには、どのようなあり方が必要か、
          歴史からみると国の繁栄と没落はどのようなところから起きるか
          というものを考えることから、国の将来まで考えることが
          できるのではないかと思います。


          今の日本に生まれ、政治不信や平和ボケと弱腰外交が当たり前になっていると、
          このままの日本が永遠に続くような錯覚に陥ってしまいます。


          なかなか普段生きる中で、幕末の頃のように天下国家のことを考えて
          仕事をして生きるのは難しいのではないか、
          自分の成功や家族の将来のことを考えるので精一杯ではないかと
          思うこともあります。


          しかし、歴史を学ぶことによって
          過去の時代の視点から、別の国の視点から日本を観ることで、
          今の日本がどうあるべきかということを考えることができるようになる

          思うのです。


          今の日本がどのような状況に置かれているのか。

          日本の国が再び繁栄していくために、
          私たちがなすべきことは何であるのか。

          そのようなことを日々考え、
          日々天下国家のことを考えて
          生きる信仰者となりたいと思っています。


          皆様も、好きな時代の歴史から
          学んでみることをお勧めいたします。





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          評価:
          大川隆法
          コメント:小さな規模からの経営の極意があますことなく語られています。


          参謀に求められる「資質」について

          1
          今日は、「項羽と劉邦」の時代の天才軍師・張良から、
          参謀に求められる「資質」について探究してみたいと思います。


          先日、大川隆法総裁による霊言「硫黄島 栗林中将 日本人への伝言」を拝聴したときに
          印象に残ったことは、日本は情報分析能力の不足、
          考え方を変えられなかったために敗れたという部分でした。


          ”補給”に対する考えの甘さや、情報分析の不足から戦い方を変えられなかったことなど、
          考えてみるとやはり教訓として、それを実行に移せたかどうかはまた別問題として、
          緻密な現状分析から戦略を変え、新しい戦略を立案できるような機能が
          必要だったのではないかと思います。


          それはつまり「参謀」機能が不足していたということでもあり、現代に生きる私たちにとっても、
          緻密な現状分析から戦略を変え、新しい戦略を立案するという考えは有効である
          と感じます。




          『天才軍師・張良の霊言「真の参謀の条件」』には、参謀に求められる「資質」について、
          次のように説かれております。

          ・参謀というのは、基本的には、計画を立案したり、企画を上げたりする者である。

          ・参謀というのは、今の言葉で言うと、「スタッフ部門」に当たる考えである。

          ・一代にして世界企業をつくろうとするような人には、これは必要な才能。

          ・要するに、「戦う人」でありながら、多少、「知謀の人」というか、
           智慧を持った参謀的な機能も、一部、持っているのが普通である。

          ・「参謀として独立しているほうが、中立的に意見が言える」という点が、いいところではある。




          参謀とは、今でいうと「スタッフ部門」に当たり、企画・計画を立案する「企画担当者」にあたる
          ということでした。



          「事業といってもねえ、基本的に「判断の積み重ね」なんですよ。(中略)
          その判断の積み重ねにおいて、正しい判断をしておれば、成功が続いていって、大きくなっていくんです。
          (中略)だから、やはり、基本的には、トップが判断を下すに当たって、それについて意見を言う人、
          献策する人が大事です。」



          事業とは、基本的に「判断の積み重ね」であり、判断の積み重ねにおいて正しい判断をしていると
          成功が続き、大きくなっていくということ。



          自らが日々教学して学んだ成果は「判断」に出てくると大川隆法総裁がおっしゃっておられましたが、
          正しい「判断」の積み重ねこそが事業を大きくするということでした。



          「大事な判断のときに、的確な事例を挙げて、前例とか、過去のいろんな事例とか、考え方とかを提示し、
          「そういうときには、こういう考え方がある。こういう言葉がある。」というように戦い方を教えたり、
          あるいは、「兵法としては、こういう戦い方がある」というようなことを教えたりする。

          要するに、智慧を提示することで、大将が判断を間違わないようにするわけです。」



          そして参謀とは、トップが大事な判断を下すにあたって、的確な事例を挙げて意見を具申したり献策し、
          智慧を提示することでトップが判断を間違わないようにする役割である
          ということ。


          トップの判断は「重い」ものですが、決断する勇気や責任感、実行力を備えていても、
          参謀的な能力も兼ね備えているとは限りません。


          そのようなときに、過去の活動の事例や考え方、失敗から学んだ教訓などをトップに伝えたり、
          同じ失敗を繰り返さず効果的な判断を下すための提案、意見をトップにお伝えするのも、
          参謀の重要な役割であるわけです。



          「あとは、やはり、「人物眼」というのが非常に大事かな。要するに、「戦う相手である、
          向こうの大将や諸将、あるいは軍師、その他が、どんな人物であるか」というのを見抜くことです。」

          「このへんを間違えば、優秀な人がいても勝てない。要するに、
          凡庸な人の下に優秀な人がたくさんいても、結局、勝てないことはありえます。」



          また参謀の資質として、「人物眼」が非常に大事であるということ。
          現代で言えば、相手のトップや参謀、その他の人物を見抜くことでもあるし、
          自分の組織の人物を見抜くことで優秀な人材を抜擢し、適材適所につけて人を活かす能力でもあります。



          また、正しさについて、次のように説かれております。

          「正しさ」のなかには、やはり、「人物の性格や能力を見抜き、それらを複合的に組み合わせたときに、
          どんな結果になるか」ということがある。



          つまり、「正しさ」のなかには、人物眼の正しさ、
          ”全体を見てどのように人材を組み合わせることが成果につながるのか”
          という意味での正しい判断がある
          ということなのです。



          また、参謀の資質について次のように説かれております。

          ・”盤面”全体を見て「手」を読んでいくのが軍師(参謀)の仕事

          ・定跡(定石)、戦い方のルールをたくさん覚えている人、「人間ルールブック」みたいな人。
           あとは「天性のひらめき」が多少いる。

          盤面全体をみて相手の「手」を読み、戦い方の定跡をたくさん覚えていて
          多少の「天性のひらめき」を持ち、戦略・戦術を立案できる人が参謀であるということです。



          「どの会社だって、人材の登用を上手にやり、そして、個別の決裁、要するに、ビジネス、その他、
          いろんなものの決裁を正しくやっていけば、成功して大きくなる。」



          張良は、霊言のなかで”正しい人材登用と正しい判断によって事業は大きくなる”と言っているわけです。



          参謀に求められる「役割」についてまとめると、

          ・今でいうと「スタッフ部門」に当たり、企画・計画を立案する「企画担当者」にあたる。

          ・トップが大事な判断を下すにあたって、的確な事例を挙げて意見を具申したり献策し、
           智慧を提示することでトップが判断を間違わないようにする役割。



          参謀に求められる「資質」とは、

          ・「人物眼」が非常に大事

          ・盤面全体をみて相手の「手」を読み、戦い方の定跡をたくさん覚えていて
           多少の「天性のひらめき」を持ち、戦略・戦術を立案できる人

          ・ある程度の頭の良さ

          ・知識と経験がある

          ・「適当な師から学んでいる」ということ

          ・「過去の戦い方を見て、失敗をよく反芻し、戦い方を変えていく」という内省的な部分も多少必要


          ということでした。

          トップの資質には及ばずとも、参謀として、
          またはトップを支えるご意見役としてなら、お役に立てることもあります。


          現代に生きる私たちも、自らの組織のなかにおいて一人ひとりが参謀としての役割を担い、
          現場サイドでの緻密な現状分析から新しい戦い方をしていくことが、
          より一層組織力を増していく道の一つであると感じます。




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          コメント:名参謀の条件が分かる!


          歴史のなかに天意を読み取るには

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            今日は、歴史のなかに天意を読み取る方法について探究してみたいと思います。

            今日、長らくみていた「項羽と劉邦(King's War)」を観終えました。


            全巻観た感想は、劉邦という方の
            魂の器の大きさに感動すると同時に、
            なぜ項羽のような中国随一の強さを誇る
            勇将に勝てたのかということについて、
            不思議な感覚に打たれました。


            もちろん、歴史家の研究としては
            韓信という大将軍の計略であるとか、
            兵糧を常に確保しつつ戦ったからであるとか、
            いろいろあると思います。


            本当に人間学としては興味の尽きない
            「項羽と劉邦」の物語でしたが、
            この最終話で劉邦が語っていたことのなかに、
            自分が勝ったのは天意であったと
            言っていました。


            その天意とは何だったのか。
            歴史が変わる時に、運命はどこまで定まっているのか。



            たとえば、後世から見るとこれだけの人材を輩出しているから
            こちらが勝つ運命であったのだ、天意がそこにあったと
            いうことはありうるでしょう。


            幕末に、なぜ幕府側でなく維新側が勝ったのかを
            霊的視点でみると、
            幕府側と比べて
            吉田松陰先生を始め維新の志士側に
            逸材がたくさん輩出されており、
            後世から見ると天上界の天意は
            明治維新を起こし、新しい時代を創ることであった
            ということは読み取れると思います。



            では三国志の時代はどうであったか。
            曹操、劉備、孫権という英雄が覇を競いましたが、
            中国統一で誰が勝つかというようなことは、
            この3名の英雄の霊言では、切磋琢磨していたと
            記憶しています。


            この時代の天意はいかなるものであったのでしょうか。


            邪馬台国二代目壱与の霊言で、確か
            天上界では
            三国志時代の中国統一の時期を遅らせ、
            神国日本の植民地支配を避けるために
            劉備と諸葛亮孔明を送り込んだと
            説かれておりました。


            そのため、霊的視点から見た天意としては、
            英雄並び立って中国統一の時期を遅らせるという
            目的もあったということです。



            では、項羽と劉邦の時代はどうであったのか。

            すでに天帝の天意は、最初から劉邦の勝利という運命であったのか。
            ここが非常に興味深いところです。


            項羽という中国史上最強ともいわれる勇将は、
            その後転生してアメリカのケネディ大統領として生まれたと
            説かれております。
            そして項羽→織田信長説も根強くあります。


            また一方の劉邦は、その後の転生としてイエスの12弟子のアンデレ、
            蓮如、春日局、映画監督のスピルバーグと本当に器の大きい
            宗教政治家という感じがします。



            この時代、秦の始皇帝から2代目皇帝となった胡亥が傀儡となり、
            宦官趙高が政治を牛耳って悪政の限りを尽くします。


            この状況を見て天上界の天意はこの王朝の打倒と新しい時代を創るという
            方向に動いたとは読み取れます。



            そこで出てきたのが項羽という英雄であり、劉邦という英雄であったわけです。


            項羽がその強さによって秦の大軍を撃破し、他の諸侯を従え、
            劉邦軍も追い詰め、統一寸前までいきます。


            しかし、戦に負け続けた劉邦が、最後の一戦で勝ち、漢帝国を創るのです。



            ここで天上界の天意を探るとするならば、
            項羽に悪政を引く秦帝国の打倒と新しい時代を創る障害となるものを除く役割を、
            劉邦にその後の中国統一王朝の創立を計画したとも読み取れるのではないでしょうか。



            ここに天意がなければ、
            戦に負け続けた劉邦が、鴻門の会でも命からがら逃げ延び、
            項羽に矢を射られて瀕死の状態に陥っても生き返り、最後の一戦で
            項羽を打ち破るという奇跡が続くことは普通あり得ません。


            最後の一戦では、なぜか項羽が敗れる運命であった、ここに天意があったとしか
            言いようのない状況に陥るのです。



            すべての人は幾転生転生輪廻をして魂修行をしておりますが、
            項羽という英雄の魂は、その後仮説によれば、織田信長として生まれ変わり、
            また日本の国をほぼ統一して新しい時代を創る土台を創りながら、
            明智光秀の謀反に敗れております。


            そのあと、豊臣秀吉、徳川家康と続いて、徳川の時代となるのです。



            天上界の神々が、新時代をつくる計画として、あまたの光の天使を送り込み、
            その人材配置によって時代を揺り動かし、天上界と地上に降りた光の天使たちが
            一体となって新時代を創る計画を遂行しているとするならば、
            その人材配置と魂の役割を観ることが、
            天上界の天意を読み取ることにつながるのではないでしょうか。


            個人的には、与えられた役割と努力による運命改善、
            そして使命がどのように変わるのかが知りたいものです。


            なんだかドラマを観終わった後でまとまりのない文章になってしまいましたが、
            今日はこのへんで。



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            政治的リーダーに対する霊的視点からみた判定基準

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              今日は、現在統一地方選が全国で実施中でもありますので、
              リーダー論の続きとして、政治的リーダーに対する霊的視点からみた判定基準について、
              探究してみたいと思います。


              政治的リーダーや、軍事的リーダー、英雄と呼ばれる人は、
              過去の歴史のなかにたくさんいると思いますが、
              仏法真理を学んだ私たちにとって、この英雄と呼ばれる人々が、
              ある方は如来界に帰ったり、菩薩界に帰ったり、
              またある方は地獄に赴いたりしているという真実を知るにつけ、
              政治、軍事的リーダーの判定とは難しいものだなあと
              つくづく感じる次第です。


              現代ではあまりありませんが、
              過去の歴史のなかでは幾多の戦争もあり、
              軍事リーダーでは軍神と呼ばれた方々も
              残虐な方法をとって敵を殲滅したり、
              数多くの犠牲を払ったりしている方もいます。


              政治的リーダーであっても、
              権謀術数を使って政敵を陥れたり、
              他国との情報戦をしたりという方もいます。


              また、この世で帝国をつくったような英雄であっても、
              秦の始皇帝のように独裁者的側面があったり、
              戦争に勝利して英雄となった後に晩年の末路で暗殺されたり
              悲惨な最期を遂げることもあります。


              政治的、軍事的リーダーの何が天国と地獄を分け、
              どのようなことが霊的価値基準からみて偉大な業績と判定されるのか、
              この点について経典『感化力』(P.137〜)に次のように説かれております。


              【政治的リーダーに対する三つの判定基準】

              〔技笋覆觧廚い任陵他行
              「第一の判定基準は「無私であるかどうか」ということです。これは、自分の立場を、自分のために使っているのか、それとも『人々のために』という気持ちで使っているのか」ということです。」


              ▲罅璽肇團⊆匆饉存修悗旅弩
              「第二点の判定基準は、「その人が行った政治的、軍事的行動が、ほんとうにユートピア社会実現のための貢献になっているか」といいうことです。」


              8綫い悗寮鎖静遺産
              「第三に判定されるべきことは、後世への遺産の部分です。「後世に対して、どのような精神的遺産を遺したか」、これがチェック基準です。」


              指導者は総合点で判定される
              「政治や軍事の英雄は、以上の三点ぐらいでチェックされます。しかも、それぞれについて、「イエス・オア・ノー」だけではなく、グレード(段階)があり、総合点が出て判定されることになります。」



              まず、1点目に挙げられているのは
              「無私であるか」ということです。


              劉備玄徳様の『徳のリーダーシップとは何か』でも触れられていますが、
              その行動が、自分のため、自分の名を上げるための行動であるのか、
              それとも民衆を救いたい、人々のためにという利他の思いから
              発する行動であるのかということです。


              『感化力』P.105には、
              「指導者的愛とエゴのための自己実現とは、結局、動機の部分に違いがあります。」
              と説かれております。


              リーダーとして、常に動機は無私であるか、利他であるかを点検せよということです。


              2点目に挙げられているのは、
              「ユートピア社会実現への貢献」ということです。
              経典のなかでは、これを判定するのは極めて難しく、後世の長い歴史のなかで見るしかありませんと
              書かれております。


              ここで3つの判定基準すべてにあてはまる政治リーダーとして、
              リンカンが挙げられております。

               屬任るだけ己を空しくし、多くの人々の幸福を考える公平無私の人であったこと。

              南北戦争という多くの犠牲を払った戦争を、奴隷制度を遺すことは国の将来に禍根を残すと考え、
              遂行し、戦争に勝利して奴隷解放を実現し、国を一つにまとめたこと。


              3点目は、
              「後世への精神的遺産」ということです。

              リンカンの人間平等の精神は、その後、十九世紀後半から二十世紀にかけてのアメリカの繁栄の源流になった。


              そして後世への精神的遺産という箇所では、
              ナポレオンとアレキサンダーは一つの時代精神として後世の人々を感化し続けたのに対し、
              ヒトラーはあるところまでは似ていても、後世に残したものの違いが明らかであるということでした。


              最後に、
              政治・軍事的リーダーはこの三点の基準のグレードの総合点で判定される
              と説かれておりました。


              戦国武将の武田信玄と上杉謙信は、死後も多くの人々から愛され、光の天使の世界に還っていますが、
              織田信長は死後すぐには天上界に還っておらず、いろいろな憎しみが残っているところがあったということでした。



              この三点の基準でみると、
              3点目の後世への精神的遺産を遺したような人は、
              死後多くの人々から愛され、祭られて神となっていることも多いと思います。
              (吉田松陰先生、etc..)


              また2点目のユートピア社会実現への貢献に関しても、
              政治的・軍事的に成したことがどれだけ後世の世の中のユートピア化に貢献したか、
              これは善の思いでやっても後で揺り戻しがきて時代が逆戻りするような現象もあり、
              なかなか難しいものではありますが、
              結果として人々が幸福になったかということでもあると思います。


              1点目の無私であるかどうかは、
              外側の言動だけみると違いが分からないこともあるかもしれませんが、
              よくよく本音を探ってみると必ず見えてくるものはあると思います。


              結局は、そのリーダーの志、「実際に目指していたものが何であるか」という部分が
              大きく判定される
              と説かれております。


              今回はいろいろな偉人の例はあえて挙げませんでしたが、

              これからリーダーを目指す私たちにとっても、
              また政治家を目指す人々にとっても、

              〔技笋任△襪どうか
              ▲罅璽肇團⊆匆饉存修悗旅弩イ鬚匹譴世洩椹悗靴討い襪
              8綫い悗寮鎖静遺産を残すだけの精神性があるか



              という3つの基準は、常に自戒して心掛けるべき基準であると感じております。


              現在、統一地方選も全国で実施されておりますので、
              どのような人が指導者・リーダーに向いているのかという
              判断基準も、知っておいて損はないと思います。

              優れたるリーダーが数多く輩出されることを願っております。


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              項羽の”勇のリーダーシップ”について

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                今日は、リーダーシップ論第3弾ということで、
                項羽の「勇のリーダーシップ」について探求してみたいと思います。


                はじめに、大川隆法総裁が、『項羽と劉邦の霊言 項羽編ー勇気とは何か』のなかで、
                項羽についてこのように述べています。

                『「理外の理」といいますか、「計算上はまったく勝てない」とか「勝てる」とかいう普通の秀才が

                考える範囲を超えたことを、やってのける人ではあったと思うのです。』



                私も、歴史を学んだり「項羽と劉邦」のドラマ等を見たりして思うことは、
                項羽という方は、ある程度兵法を学んだりした軍師、参謀のような秀才の眼からみて、
                あり得ない!という判断をして、しかもそれをやってのける方であるということです。


                項羽という英雄を見ていると、参謀格の人材では偉大な大将の考えは分からない、
                その器を読み切れないと感じてしまいます。


                項羽は、章邯の二十万の軍勢を数万で破ったり、
                彭城の五十万の劉邦軍をわずか三万で急襲して破るということを
                やってのける稀有なる英雄であったのです。


                ずば抜けた『勇』の英雄でなければ、五十万の大軍に三万で戦いを挑んで普通は勝てません。



                その項羽は、霊言のなかで今必要なことを次のように語っております。

                『組織が大きくなると、責任逃れをする人間のほうが増えてきて、成功しない理由を、

                「人材が不足している」とか、「お金が不足している」とか、「商品がよくない」とかさ、

                そういうようなことに求めがちであるからな。

                しかし、ゼロから国を立てていくところの醍醐味は、

                やはり「個人からも成しうるものである」ということだな。

                組織はあとからついてくるところもあるんだけど、

                今、そういうことが、君らに大事なんじゃないか。』



                大きくなった組織では、責任逃れをする人間が増えてくるということや、
                内部で競争をしてつぶしあうことにもなりかねないと説かれています。


                それを、言い訳をせずに、大きな志を掲げて、
                減点主義ではなく、「強い個人」から
                成果を出して変えていくことの大切さを説かれていると感じます。



                項羽の「勇のリーダーシップ」における戦い方のポイントを
                まとめてみると、

                ・「勝つ戦い」については「起業家的能力」が要る。

                ・「小でもって敵の主力を叩いてしまう」という戦い方をする

                ・「ここいちばんの時に百倍の力を出す」。そういうところが「勝負の決め手」

                ・リスク・テイキングであること。

                ・小が大を食っていくためには、「スピード感」が大事。
                 ものすごいスピードでいかなきゃいけない。

                ・「蛮勇型の人」を要所要所でうまく使わなくてはいけない。



                通常の発想ではありえないような奇策で、ありえないスピードで
                「勇猛果敢」に大将自ら攻め込んでくることで、勝利をもたらしたといえるでしょう。


                また、項羽は、人材について次のように述べております。

                『「強い個人」が出てくることが、新しい英雄を呼び起こすというか、

                作り出すところがあるんだよなあ。

                だから、「一人の英雄が、他の英雄を眠りから覚ますところがある」っていうことだね。

                このへんのところが君らにも参考になるだろう。』



                「強い個人」が出てくることが、新しい英雄を呼び起こす。
                これは、タイプは違いますが吉田松陰先生のような方が一人出れば、
                英雄、志士が目覚め、活動を開始するということだと思います。


                まさに、今求められているのは、この「強い個人」であると思います。

                考える人となり、智慧あるリーダーとなり、「強い個人」となって
                時代を切り拓いていくリーダーが必要です。


                また、項羽は劉邦についても次のように言及しております。

                『最後は、劉邦の「政治性」に敗れたんだろうとは思うんだよね。

                個別の能力で見れば、負けるところがなかったんだろうけれども。』

                『「『負けない戦い』を続けていくなかに勝機を見いだしていく」っていう

                政治的なやり方には、ある種の帝王学があることは間違いないと思うんだよ。

                彼は、その帝王学を、年を経て身につけたんではないかと思うな。』



                項羽は、個別の能力では負けるところがなかったが、
                劉邦の「政治性」に敗れた、と述べておられます。


                その「政治性」とは何か。
                『負けない戦い』を続けていくなかに勝機を見いだしていくこと。
                これを「政治性」ととらえ、ある種の帝王学があると言っている
                のです。


                前回劉邦の霊言で言及した「老獪さ」、
                これも徳の裏側であり徳の一種である、
                そして「老獪さ」は帝王学でもあるのではないかと述べました。


                これを項羽は「政治性」ととらえ、ある種の帝王学であると言っています。


                先般真輝様の講話のなかでも少し触れられていたように記憶していますが、
                「負けない戦い」について、「孫子の兵法」軍形編では、

                ”まず守りを固め、そのうえで相手の隙を見出して、攻撃に転ずる。”

                と説かれております。


                言いかえれば、”不敗の地に立つ”ということですね。



                劉邦は勝てない戦は逃げたという逸話は有名ですが、
                「負けても負けない戦い」をしていたという見方もできると思います。



                長くなってしまいましたので、最後に項羽の考える”英雄の条件”について
                学びたいと思います。

                『英雄が英雄である条件は、やっぱりねえ、あんまり卑怯なことはしないってことだよ。

                「公正明大に、堂々として勝つ」「勝つべくして勝つ。」

                それから、「自分より強い者に勝つ。」これが、英雄の条件なんだ。

                弱い者に勝ったところで、英雄とは言えないわなあ。』



                項羽という方は、本当に歴史に残る「勇」のリーダーシップの方であり、
                三十年の生涯が二千年たっても語り継がれる稀代の英雄であると感じさせていただきました。

                何らかの参考になれば幸いです。


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                踏み出す一歩が、世の中を変える。

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                  今日は、

                  昨日放映した『花燃ゆ』第13話、
                  皆さんはご覧になられましたでしょうか?

                  私は昨日の『花燃ゆ』の話のなかで、
                  非常に感銘を受けた部分がありました。

                  ネタバレしない程度にお伝えしますが、
                  吉田松陰先生は
                  幕府が勅許なしの条約を結んだことに
                  憤りを隠せず、建白書を藩に提出したことが
                  大問題となり、
                  小田村伊之助が吉田松陰先生を訪ねました。

                  「意見してもよいが、むやみに飛び出すな。松下村塾を守るためじゃ」

                  と伊之助が言った時、

                  松陰先生は、
                  「おまえは、塾生の何を知っておる。書をめくるだけなら一人座してすればよい。

                  ここに来るものはみな、やむにやまれぬ思いを持ち、志を成し遂げんとするためじゃ。

                  論じるだけなら、国は変わらん。ここを踏み出す一歩が、いずれ世の中を変える。

                  僕らは信じておる。誠を尽くせば、この狭い座敷からでも世の中は変えられると。」


                  と言って、伊之助を説得しようとするわけです。


                  私はこの松陰先生の念いに心を打たれました。

                  松陰先生の”至誠”、”知行合一”の念いは、
                  知ったならば行動せよ!とどんなに危険であろうとも、
                  国を護るために不惜身命で必ず行動に移す気概、信念がありました。


                  翻って今の自分自身を考えてみると、深く反省するところがあります。


                  大川隆法総裁先生が、
                  幕末の吉田松陰先生の教えの何十倍もスケールアップした形で、
                  世界を救う教えを説かれ、また日本の国を護るために獅子吼しておられます。


                  その教えを学ぶ私たちは、
                  どこまで大川隆法総裁先生の真意を、御心を理解しているのでしょうか。


                  どれだけ大川隆法総裁が教えを説かれても、
                  ”学ぶだけでは何も変わらない。学ぶために集っているのではないのだ”

                  と松陰先生から叱咤激励を受けたような感じがいたしました。


                  十年、二十年学んでも、座しているだけでは何も変わらない。

                  己にやむにやまれぬ志があるか。命をかけて成し遂げんとする不惜身命の志があるか。

                  論じるだけでは、国は変わらない。まず踏み出す一歩が、いずれ世の中を変える。

                  誠を尽くせば、いずれ世の中を変えられると、僕らは信じている。


                  そのように感じました。


                  もちろん伊之助のように、組織を護るために善意で言う言葉もあるでしょう。
                  そして、危険を冒してチャレンジなどしないほうが、うまくやっていけるという
                  考えもあるでしょう。

                  しかし、私たちは、そんな低い志であってはなりません。

                  ”理解したなら、志を果たすために、一歩でも踏み出し、行動すること。”


                  誠を尽くし、踏み出す一歩が、
                  多くの人々の力となり、いずれ世の中を変えるのだと信じ、
                  “知行合一”を実践してまいりたいと思います。


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                  劉邦の”親分肌リーダーシップ”について

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                    今日は、前回の「徳のリーダーシップ」に続いて、
                    漢帝国を建てた劉邦のリーダーシップを探究してみたいと思います。

                    大川真輝様の著書『「リーダー」になりたい”あなた”へ130の鉄則』を読み、
                    先日の真輝様の御講話を拝聴してインスパイアされ、最近はリーダー論がマイブームです。


                    実は、遅ればせながら「項羽と劉邦(King's War)」のドラマを休みの日などに観ております。

                    ドラマを見ていて思うのは、
                    項羽という方は、本当に稀代の英雄だなあとつくづく思うのですが、

                    この英雄豪傑の強さ、「勇のリーダーシップ」”正義の戦い”と、
                    劉備が説いた「徳のリーダーシップ」、”愛ゆえの戦い”をする英雄との違い


                    どのへんにあるのか、ということです。


                    これは研究テーマではありますが、
                    もうひとつ、劉邦の人間味あふれる”親分肌リーダーシップ”と、
                    劉備の宗教的ともいえる”徳のリーダーシップ”との違い
                    です。


                    幸福の科学では、英雄の過去世、転生輪廻が明かされている方もおり、
                    劉備の転生に宗教との縁が深いということも分かっております。


                    しかし、経典『項羽と劉邦の霊言 劉邦編ー天下統一の秘術』のなかで、

                    劉邦の転生輪廻のなかにも、蓮如、
                    イエスの十二弟子の一人アンデレという宗教家の魂がおり、
                    そしてなんと現代にスピルバーグ監督として転生しているという
                    衝撃の真実が語られております。


                    どちらも宗教家の魂と政治家の魂を持っており、
                    組織を率いていくリーダーとしての”人望”を持っている方だと思います。


                    では、その違いとは何でしょうか。
                    すこし霊言から学んでみたいと思います。

                    (以下、経典『項羽と劉邦の霊言 劉邦編ー天下統一の秘術』より抜粋)

                    『明らかな弱点があったがゆえに、人が使えた面もあったっていうことかなあ。(中略)
                    「明らかに弱点を見せて、有能な人材を抱き込む」っていうのもあるじゃないか。』



                    「項羽と劉邦(King's War)」のドラマを見ていても思うのですが、

                    劉邦という方は弱点があるのはわかるのですが、それを隠そうとせず
                    弱点があったっていいじゃないかというある種の開き直りと、

                    部下に対しても弱みがあっても決して責めない、昔からの仲間を裏切らない
                    ある種の任侠精神や義に厚いところがあったのではないかと感じます。


                    それゆえに、部下は、完璧な方ではないが自分たちを理解して
                    面倒を見てくれている主君を、支えたいと思うのではないでしょうか。


                    『最後は、強いものが何もなければ、コーディネーターっていうか、あるいは”偉大な袋”かなあ。

                    そんな感じで、みんなを受け入れる器があって、自由に働かせてやるような場を持てれば、
                    お互いに喧嘩しあうような人でも使えるところもあるかな。』



                    そして特徴的なのが、劉邦という方の”偉大な袋”のなかには、
                    どんなタイプの個性の人間も入ってしまい、一緒に志を果たそうと思ってしまう
                    大きな器をもっていたということです。

                    その大きな器のなかで、部下は働き、互いに喧嘩をしてもうまくまとめる
                    度量があったということが大きいのではないかと思います。


                    またドラマの話で恐縮ですが、
                    ドラマの中では劉邦が部下の喧嘩をまとめる方法が卓越していて、
                    これぞ親分という感じで部下をまとめあげていました(笑)


                    『けっこう「プロデュース力」があるんですよ。「人」「モノ」「金」「情報」を、
                    いろいろ集めて、何かを作り出していって、国中や世界中に広げて制覇していく。
                    そういう能力には、けっこう長けてるねえ。』



                    霊言の別の箇所では、「金儲け」も「企画力」も「プロデュース力」も、大勢の人を使って
                    成果を上げるという意味では一緒だと説かれています。


                    劉邦の「プロデュース力」が組織を大きくし、国を建てる力でもあったということです。

                    『一言でいえば、「人たらし」だね。「人たらし」になりなさいよ。(中略)
                    人と会ったり、話したりしたら、相手をのめり込ませていくようなタイプにならないと、
                    どんな職業をやっても、天下取りはなせないね。』



                    そして「人たらし」としての人間的魅力、会話したらその志や器の大きさに惹きつけられて
                    味方になってしまうような力があったということです。

                    『「素直に感動すること」だと思うなあ。』

                    『人たらしと言っても、結局、接する人たちが「出世する」とか、「金儲けができる」とか、
                    「才能を発揮できる」とか、何か、そういうチャンスをくれる人は、人たらしなわけよ。

                    つまり、チャンスをくれる人なんだよね。

                    チャンスを見つけ出しては、それを適材に分けてくれる人。
                    これが、「人たらしの条件」だな。』



                    「人たらし」になるための具体的な方法としては、

                    「素直に感動すること」、そして「チャンスを与える人」であれ

                    ということでした。

                    「明らかに弱点を見せて、有能な人材を抱き込む」
                    「プロデュース力」を身につけ、「人たらし」になる。
                    具体的には、
                    「素直に感動し、チャンスを与える人」とになること。


                    また最後に、
                    霊言のなかでは、劉邦が持つ「老獪さ」について、

                    「老獪さ」は”徳の変形”であり”徳の裏側”である。

                    と説かれておりました。

                    劉備玄徳殿の”徳”との違いは、

                    この”徳の変形””徳の裏側”としての「老獪さ」である


                    とも感じましたが、
                    この老獪さはまた”帝王学”でもある

                    と感じさせていただきました。

                    まとまっていませんが、
                    皆様の組織の発展へのヒントとなれば幸いです。


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                    大川 隆法
                    コメント:組織リーダーとしての「人たらし」の極意が語られる。


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